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世界の終末で、蛇が見る夢。【試し読み】

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「もう、いいです」
さしたる収穫のないまま、時間だけが流れていって、もうすぐ一ヶ月になろうかというころ。
別れ際、唐突にそう告げられた。なんのことだろうかと首をひねっていると「もう調査はおわりにしてください」と言葉が続いた。
「一体どういう事ですか? もういいって…一ヶ月も調べてきたのに、どうして」
「だからです。もう一ヶ月も経ちましたし、諦めます。もう、こんなに探してもなんの跡形も形跡もつかめないなんて、やっぱりおかしいです。…変なのはこの世界か、私か。もしかしたら、…本当に私の妄想だったのかも知れない」
「その程度だったんですか、居なくなった彼への想いは。そんな程度じゃないはずでしょう? 違うでしょう、違うはずだ、だって他の誰もが忘れた存在を覚えている、それは生半可なものじゃないはずだ。それはきっと何か運命(うんめい)のような」
どうして俺は、俺の…ただの片恋にここまで入れ込んでいるのか解らない。何かよく分からないが、高ぶる感情のままにそう熱く言うと、くすりと小さく笑う声。
「どうして笑うんですか」
人が一生懸命話しているのに笑うなんて…少なからず気分を害したので少し刺々しくなってしまう。
「…ごめんなさい、だって先生ったら佳恵と…私の後輩のコと、まるで同じ事を言うんですもの」
「後輩の、コ?」
「ほら…お話ししましたよね? 最初に社員データを調べて貰った彼女。あの子もそんな事を言ってました。それは愛だ、運命だ…って」
「薔子さん」
笑ってしまったことを反省するように、彼女は急にだまって俯いた。
「ご免なさい、正直に言います。本当は、…終わりたくない。でもそれは彼のためではなく、私のため。…私、私…あなたが好きです、鵺野先生。たったひと月でと思われるでしょうけど、好きになってしまった。…ごめんなさい、鳴介さん」
今までずっと、『鵺野先生』と呼ばれていた。フルネームは教えていたけれど、『先生』という呼び方しかされたことがなかった。
俺は、今までずっとそうだったので、特に違和感は持っていなかった。しかし、その滅多に呼ばれない名前を呼ばれたことで、心の中である種の決心がついた。
「俺も」
「…え?」
「俺も…俺も、初めて出会ってからずっと、あなたが好きでした。でも、ずっと迷っていた。……その、…死に別れた相手が忘れられなくて、彼女に申し訳なくて。あの子の生命(いのち)が尽きる間際に、俺は愛していると言った。その気持ちに偽りはなかった。いや、今もそう思ってる。でも…だからいま、…別の人に対して、別の人を、あなたを好きになっていいのかと迷って」
「……似てますね、私たち。本当に」
好きな人を突然失い、忘れられなくて苦しくて、でもそんな最中であっても新しく好きな人が出来て、けれど前の恋人を忘れる事が出来なくて、罪悪感を感じている。
それはそうだ。人の心は移ろいやすい。けれど手の裏を返すような変わり身の良さを、大部分の人は持ち合わせてなんかいない。いつまでも引きずり、思い出し、悔恨し…、無論、俺も、彼女も。
「……今すぐに、なんていいません。だから…鳴介さん」
互いに、この瞬間、限りなく同じことを思っていたのだろう。自然と歩み寄り、腕を伸ばし手指の先を触れ、手のひらを合わせ、指を絡め合った。彼女は黒い左手に一瞬ためらったものの、同じように右の指を絡ませた。
くちづけはしなかった。ただ二人体を寄せ合い、抱き合った。
愛おしいと思う感情が。幸せ、と思う感情が。抱きしめた体から体温と共に交換される。
――続きは冊子にて――