てるてる坊主
「あーめ、あーめ、ふーれふーれ、ばーあさんがー。」
「母さんだろ。」
「じょのめでおーむかえ、うっれしぃーなー。」
「蛇の目だ。」
西浦高校野球部の部室に、四番の元気な歌声と
キャプテンの細かい突っ込みが入る。
室内には二人の声しかしないが、
にしうらーぜはちゃんとそろっている。
皆、手に手にマジックとふわふわの紙を持って
それぞれに真剣な顔でそれらと格闘している。
田島のでたらめ歌とともに、花井の突っ込みも収まって
部室はしんと、静まり返った。
響くのは、紙のこすれるかすかな音と
外を降りしきる静かな雨音。
かさこそ、しとしと。
くすっぐたいような静寂を打ち破ったのは、またしても天才田島であった。
「俺いちバーン!」
「何だよ田島、それすっげぇ雑。」
「あ、お。すご…い!そっくり…!」
「だろー?だろー?」
田島が自慢げに高々とささげたのは、
ティッシュペーパーで出来た「てるてる坊主」。
梅雨の長雨の間、グラウンドは使用がままならない。
もとより公立の、スポーツ特待もない西浦高校であるから
雨の日は運動部同士、室内練習場所の争奪戦になる。
一応大型の部活でローテーションが組まれて入るのだが、
それでもどうしてもあぶれてしまう。
新設の野球部ともなればなおさらだ。
しとしとと降り続く雨が四日も続き、投球症候群患者の三橋が目に見えて
萎びていくのを見かねた心優しきにしうらーぜは、篠岡マネージャーに
頼み込んで、てるてる工作キットを準備してもらった。
そして誰が言い出したか、自分の作ったものに自分の顔まで書き始めたのだ。
「花井はもっとでかく作んなきゃ駄目だよ。」
「うわー、水谷上手いね。それそっくりだよ。」
「へへへ。こーゆーの得意なんだよね。」
「みんなー、糸と針もらってきたから、窓に釣るそー。」
片手に裁縫箱を抱えた篠岡が、ニコニコと扉を開けて入ってきた。
それに、花井のテルテル坊主を膨らますことに熱中していた田島が
一番に反応する。
「あ!俺する!俺するー!しのーか、針貸してー!」
「ばか。お前には任せられっか。」
キャプテンが、危なっかしい手つきの田島からあっという間に
針と音を取り上げると、出来上がっていたテルテル坊主たちを
するするとつなげていってしまう。
「花井君器用だねー。」
「慣れてんなー。」
「なことねーよ。そだ、篠岡も作りなよ。」
「え、いいの?」
「いいに決まってんジャン!」
元気よく差し出されたティッシュと輪ゴムを、篠岡が受け取ると
田島が「あ!」と叫んだ。
「何だよ田島―。便所か?」
「チゲーよ!俺、桃カンとシガポにも作ってもらってくる!」
泉がそれを聞いて、眉をしかめる。
「つったって、二人ともいそがしーだろうし、俺たちだけでいいじゃん。」
「なに言ってんだよ!全員じゃねーと、『ごりやっか』ねぇジャン!」
「それを言うなら『ご利益』だ…って、おいこら、田島!」
あ。というまにティッシュの残りと輪ゴムを持って飛び出していって
しまった田島を、あわてて花井が追いかける。
「あ、…田島く…ん、…ペン…!」
「あ、三橋。何処行くんだ。」
残されたペンを発見した三橋が、更にその後を追いかけていってしまう。
ペンだけを抱えて走っていったピッチャーを、連鎖反応でキャチャーが追いかける。
残されたものたちは唖然として入り口を見つめていたが、
あきらめたような苦笑いとともに、花井の残していった作業に取り掛かる。
「ホント騒々しいやつらだぜ。」
「まぁ、確かに皆の分集まったらご利益ありそうだね。」
「桃カン、捕まるかな。」
「バイトじゃなければきっと大丈夫だよ。」
「水谷、ちょっとこれもって。」
「オッケー。こんなかんじ?」
「あ、そうだ。アイちゃんの分も作ったらどうかな?」
篠岡の提案に、全員が頷く。
一時間後、雨上がりの空に十四個のテルテル坊主が
笑いながら連なっていた。