寒い日の朝に考えたこと
彼にしてはものすごく意外な早起きだ、否、寒さで目が覚めてしまった。
「5時・・」
幾分虚ろな目で枕もとの時計を確認すると、ボケッとしたままの頭を枕に落とす。バフッと。そのバフッ、が強すぎて、少々意識が覚醒してしまったのは自分のせいである。
「・・・眠れん・・・」
小さく体を起こし、便所にでも行こうかと布団をもぞもぞすり抜けた。
夏が終わってもう秋だ。じき冬が来る。だんだんと寒くなるのは仕方のないことで、特に明け方ともなると空気の冷たさは一層だ。
「・・・ん、・・・ダーリン・・・」
声が漏れた。
あぁ、そういえばこの部屋には自分一人ではないのだ。ラムがいる。今では当たり前のような生活だが、高校生の部屋、しかも実家に自分を好いている女がいるというのは両親の心配があってもいいのではないかと思うこともある。が、そーいった対象ではないのだ、きっと。自分の両親にしろ、彼女の両親にしろ。なにかあったらなにかあったでそれもめでたく、なにもないならそれでよしなのだろう。
小さく漏れた声、そして勘違いじゃなければ、それよりも小さく聞こえてきたのはくしゃみの音。あたるは小さく息をつくと、少しずれた毛布を直してやった。
至極普通に考えれば、そろそろこいつももっと暖かくして眠るべきではないのか。夏ならまだしも、自分がこんなに寒いと考える日の早朝。いくら夢の住人と化していても寒いということに変わりはないのではなかろーか。トラ柄ビキニというお決まりな格好に、今更慣れた慣れないの話ではない。
「・・・・・・、ダー・・リン・・・?」
起きたのか?あたるが聞けば、ラムは薄目を開いて寝ぼけた表情。そしてゆっくりと本格的に目を開かせた。
「なに、・・・・もう、起きる時間け?」
「ラム、おまえ寒くないのか?」
「・・・・んん?」
「そんな格好で寝とって、寒くはないかと言うとるんじゃ」
「んー・・、そーでもないっちゃ。今はー・・眠いっちゃ」
寒さより眠気だ。
「あったかい方がよく眠れるだろーが」
「まだ平気だっちゃよ?もうちょっと寒くなったら着るっちゃ」
「寝巻きは母船か?」
「んー」
考えるようにして、そうだと答えたラムを一見し、あたるは足を押入れへ向ける。立て付けがいいとは言えないその引き戸を開け、中の棚から少し大きめのスウェットパジャマを手に取った。灰色の、いかにもあたるに似合いそうな。少しの間それを見つめるとラムに放り投げた。
「着ろ」
「なんでー?うち平気だって、」
「寝てる間にくしゃみした奴がなに言っとる」
さて便所便所と、些か照れたように出て行くあたるを目で追ったラムは、部屋のドアが閉まると渡された灰色のスウェットをポカンと見つめた。寒さの中、次第に頬が赤らんできたのは、なにもスウェットが暖かいというだけじゃないらしい。
あたるが部屋に戻れば、ラムはラムですっかりとスウェットを着込んで毛布に埋まっていた。声を掛けても返事をしないところを見れば、もう既に二度寝に入ってしまったのだろう。
眠れずにいる時間はいろいろ考えてしまうもので、例えばさっきラムがくしゃみと一緒に自分の名前を口にしたこと。そのあと起きてる自分を呼んだこと。比較してしまえば前項は俺の夢でも見ていたのかと思わざるを得ない。
── ダーリン
そう呼ばれることに抵抗を感じない自分がいる。慣れもあるが、それだけじゃないのかもしれないと最近思い始めた。いつか似たような言葉で君を呼ぶ日が来るのだろうか。今日みたいな寒い日には君を包んで眠りたい。それを自分から実行できるような、そんな素直になれる日が、いつか、来るのだろうか。
作品名:寒い日の朝に考えたこと 作家名:たかむらゆきこ