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臨也くんの夏休み

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 書斎から持ち出した虫眼鏡はずっしりと重かった。黒い持ち手、鈍い銀色の縁。分厚いレンズは臨也の手のひらよりほんの少し小さい。それを、握りしめて歩く。ぎらぎらと太陽が光る夏日。日に焼けると熱が出るたちの臨也にいつも大きな縁のある帽子を被せてくれた母親はいま、病院にいる。もうすぐ子供が生まれるらしい。ざくざくと膝たけの草を掻き分ける。少し前から世話になっている母方の実家の裏庭を通り過ぎ、荒れ放題荒れた空き地にたどり着く。人の姿はない。家の中とかわらない。じわじわと鳴くセミも、声こそすれど姿は見えなかった。その空き地に一本だけ生えている木のかげに入り、ふうと息をはく。かげに入るだけで暑さは多少和らいだ。
 臨也は握りしめていた虫眼鏡を持ち上げた。しゃがんだ臨也の目の前にある木の幹に当てて静かに観察する。木の皮はつるりとした部分と芽吹こうとして固まったような硬い場所があった。幹は冷たかった。じいっと観察する。ぽつぽつと幹より色の薄いちいさな点が見える。じいっと見ると濃い茶の中に紅茶のような色が混ざっていたり、白っぽい所があって、丸いレンズに映るそれは図書館で見た図鑑にあった宇宙の色違いのようだった。
 みぃーんとせみがひときわ高く鳴く。ふっと鳴き声に奪われた意識をレンズに映るそれに移すと、一匹の蟻がそこにいた。
 蟻は、幹の上の方からせかせかと歩いて降りて行く最中のようだった。その、なんの主張もしていない――せみのようにうっとおしく鳴くこともなく、太陽のようにぎらぎらと光ることもない――小さな生き物の動きをじっと、しゃがみながらずるずると動いて臨也はたどった。蟻はやはり主張しない落ち着いた黒色をしていた。六本の足を持って、動いている。根をつたって地面へ移動してしたそれを追いかける。直ぐそばをぞろぞろと巣穴へ向かっている、その行列に加わろうとしている。
 カッ、と照りつけた光に目の前が白く明滅した。瞬きをしなかった臨也の目は、見開いて乾く。ぬらりと光る銀縁のレンズ越し、確かに動いていたそれが焼け付きかげとなる瞬間をみた。
 手は、じっとりと、汗ばんでいる。黒い持ち手がぬるつく。地面についている左手のひらには土がついているだろう。首筋があつい。くるぶしを草がこする。晒された皮膚がじりじりと焼けるようだった。まあるいレンズごしに起こったことを、臨也はめまいを起こすような熱さのなかで理解した。鈍い頭痛、喉奥が気色悪くうごめく。ぞろぞろと、蟻たちはひたすらに歩く。その上に、もういちど、今度は意図的に、光を集めるようにそっと、臨也は、なにごとも逃すまいと目を見開きながら、虫眼鏡をかざした。せみの声は遠く、小さな生き物の悲鳴は聞こえない。臨也の首筋を焦がしやがて熱を全身に広げる太陽光線。ぞろぞろ、ぞろぞろ、間近で焼け付いたかげを無視して歩き続ける蟻の群れの最後尾は、見えない。
作品名:臨也くんの夏休み 作家名:しンバル