鎖
事故で死んだ本物の父親や、鬼道家に迎え入れて何不自由ない暮らしをさせてくれている父さんよりも長い時間を共に過ごしてきた。
選手と監督よりも強く、父と子よりも濃く。
あの頃は純粋に慕っていたものだと思っていたが、我ながら見当違いも甚だしい。
俺の影山に対する感情がそんな綺麗なものの筈がない。
此方から向けている感情も、対岸から向けられている感情も、純度百パーセントの愛情など。サッカーをやる前ならばそれもあり得たかもしれないが、そんな仮定は今更どうしようもない。
影山にサッカーを教え込まれる日々。
上手く出来たと手を伸ばせば叩き落とされ、俺には出来ないと足を引けば繋がれた鎖で引き寄せられた。
そんな仕打ちを受ける俺の中にあったのは、支配されているというマゾヒスティックな恍惚感。
純粋さなど欠片も無い俺を、今思えば上手く躾けていたものだと思う。
そう、純粋といえば影山の方がずっと純粋だったのかもしれない。
事実影山は少年愛の気なんて微塵もなく、ただ父親の影を追い求めてひたすら復讐というどす黒い炎に身を焦がし続けていた。本当に俺の事は道具としてしか見ていなかった。
犬としてすら見られていなかったことは自覚していたが、それでも、ずっと使い続けているハサミにも愛着を持つように、ほんの少しばかり俺に情を掛けてくれる影山は残酷だった。
万が一も無いその可能性に縋ってしまった。
『良い子だ』
ひょろりと伸びた長身を屈ませて俺の高さに視線を合わせ、口の端を吊り上げてささくれた手で一度だけ頬を撫でる。中等部に上がる頃にはもう触れられなくなっていたあの乾いた手の感触は今でも鮮明に覚えている。
「影山 零治」
最期まで、名前を呼ぶことを許してもらえなかった。
「――れいじ」
結局、死ぬまでその名を……
名前を口にした途端、膝に生温い水滴が滴った。
その雫は続けざまにぽたり、ぽたりとユニフォームに濃い染みを作る。
なんだ、こんなに晴れているのに雨漏りなんて……いや、こんなことで誤魔化すことなんてできない。
認めよう。
ああ、俺は死んでしまった影山を想って泣いている。
何年、何十年かかってもいい。丸められることなくしゃんと伸びた影山総帥のあの背中を見て俺は待とうと決めたのに。
そして今度こそ、零治とその名前を呼んで俺自身の言葉を伝えようとしていたのに。
待っている、と口に出して告げればよかったのだろうか。
恥も外聞もかなぐり捨ててあの場で直接伝えてしまえばよかったのだろうか。
離れてゆく後ろ姿に縋りついて今のように咽び泣いて少しでも時間をずらしていれば、影山零治は死ななかったのだろうか。
サイドテーブルに置かれたゴーグルを見れば枯れたと思った涙がまた溢れる。
俺は幼いあの日と全く同じように膝を抱えた。
ただ一つ違うのは鎖の先がどこにも繋がっていないという、ただそれだけのことだった。