coward
彼はそこでいったん息をついて、円卓の上に散乱する缶のうちの一つを手に取った。
「……」
どうやら手に取ったのが空き缶だったらしく、菊は眉をひそめて、向かいに座るアルフレッドの背後に向けてそれを放った。
そこにゴミ箱はないよ、菊。
まったく見当違いな方向に空のビール缶を投げた菊を見やって、アルフレッドは肩をすくめて見せる。
こりゃ相当きてるな。散らかった空き缶と酒の臭いの中で一人ごちた。仕事の付き合いではいつも、誰にすすめられても曖昧な態度で上手く断っていた菊の家に、酒類のストックがあっただけでも驚いているというのに。
「おかしな話で、今は、そうそう変わりもしないこの日常が、不安なのです」
普段と比べるまでもなく饒舌な菊は、シャツの襟を緩めて、見る度どうして疲れてこないのか不思議に思うきっちりした正座を崩している。他の奴らが見たら慌てるだろうな。実際俺だって平常心だとは言えないし。それくらい「いつもの菊」と「ここにいる菊」との距離は大きい。
「相変わらずのネガティヴシンキングだね!そんなんじゃこんな世の中やっていけないんだぞ」
菊の、空気に溶かし込むような穏やかな声とは正反対の、アルフレッドの声が響く。同時に卓上に林立する酒の缶に手を伸ばすと、円卓を挟んで同じように伸びてきた手にはたかれた。
「子どもはだめです」
「あー菊まで子ども扱いしないでくれよ……俺だってもう19なんだぞ!」
「我が国では二十歳未満の飲酒は法律によって禁止されております」
「1年足りないだけだよ」
「そうですね、一年足りないだけですので待って下さい」
頬を膨らませるアルフレッドに菊は淡々と切り返す。(酔っ払いの癖になんでこんな冷静なんだい!)
不意に、菊の体が揺れた。酔いが回ったか、と思い手を貸すべきかと膝を立てると、菊はゆっくりと仰向けに寝転んだ。黒い髪が流れるのを見た後、アルフレッドは徐にため息をついた。さっきから、いつもは自分が振り回してばかりいる彼に、いちいち翻弄されているのが気に食わなかった。
「―――若いのは、良いことですよ、アルフレッドさん」
「……俺は、早く大人になりたいんだぞ」
(いつまでも、きみに頭を撫でられてるような子どもじゃなくて、)
(だってそうじゃないと)
これじゃ、ずっと伝わらないまま。
( )
臆病な自分を小さくわらった。