あなたと並んで座っていたい
「お茶でいいよね?帝人君。ああ座っていいよ」
「はい、どうも」
帝人は座布団の上にちょこんと座り、掛けていたかばんを隣に置いた。
その前にはでかい液晶テレビが鎮座している。
「何インチなんですか、これ、42くらい?」
「うーん、忘れた」
ひょいと硝子のコップを二つ、お盆に乗せる。
校門前で、帝人を待ち伏せしたのが2時間前。
帰宅しようとしていた帝人を捕まえたのが1時間前。
そして今に至る。
「それにしても、なんでゲームなんですか?いきなり」
「これさあ、前から試してみたかったんだよね」
臨也は棚からパッケージを取り出して、帝人の隣の座布団に座ると、それを見せた。なんだかオレンジ色のよくわからないキャラクターらしきものが描かれ、ヘタウマ調の文字で『カラリーの不思議なヨットで危険がいっぱい』という珍妙なタイトルがつけられている。全く理解不能だ。
「えー、聞いたことないです」
「一応アクションRPGなんだけど、それがもう、驚くほどシナリオが糞で操作性も最悪、グラフィックも最低と、つまりは伝説になるほどのクソゲーなんだよ!」
「僕、用事を思い出したので帰っていい・・・」
立ち上がりかけた帝人の腕を臨也は思いっきり引っ張ってもう一度座らせた。
「だからさあ、誰もが何の否定もせずクソだというものが一体どんなものか確かめたくてさ」
「そんなの一人でやればいいじゃないですか!」
「二人プレイ用なんだ」
帝人は、たまにする、ものすごく冷たい視線で臨也を見た。
「臨也さんって・・・友達いないんですか」
「ちょっと帝人君、いくら俺でも傷つくんだけど」
抗議めいたことをいってみると、帝人は一応申し訳なさそうな顔をして「すいません」とあやまった。
「君とやりたかったんだよ」
笑顔でダメ押し。帝人は困ったように眉を寄せて、小さくためいきをついた。
「わかりましたよ」
最新型のゲーム機のスイッチを入れると、静かな音を立てて起動した。画面にゲーム機のロゴが映り、続いてゲームの読み込みが始まる。が。
「遅っ」
ローディングの長さからして終わっている。帝人は早くもうんざりした様相を見せた。
「ポテチうまー」
臨也はコントローラーを投げ出して、右手に麦茶、左手にポテチの袋といつのまにか完全なリラックスモードに変身していた。
「ください」
「箸使ってよ」
帝人は慣れない手つきで箸でポテトチップをつまむと、くずが落ちないように気をつけながらかじった。ちょっと小動物みたい、と臨也は思った。
「コンソメが良かったです」
「え、帝人君、塩味派じゃなかったっけ」
「最近コンソメに目覚めたんです」
あとでデータを書き換えておこうと臨也は心にしっかりとどめた。
やっとゲームが始まったようだ。とりあえず二人でプレイしてみるが、予想通りのつまらなさに帝人は半笑いだ。
「なんか・・絵はともかく、ストーリーが何がなんだかわからないです・・・」
「うーん、シナリオ書いた人の訴えたい心情は理解できるけど陳腐だね、こんなんじゃ全然伝わってこないよ。言葉の使い方をもうちょっと考えるべきだよねえ!」
「陳腐!?ちょっとわからないですけど・・・あっ、臨也さん前、前々、画面見て!」
「やば」
ポテチをほおばりつつ、ダメだししつつ、画面を見ながらぼんやりプレイしていると案外どんどん進んでしまった。
気づけばうっかり中ボスだ。
「これ紀田君に似てない?」
臨也が画面を指差した先は、ライオンを描こうとして描き損じましたみたいな、あいまいな形のモンスターが。
「正臣!?どこが!?」
「色とか」
「・・・・・・・・・・・・・・色ですか」
「よし全力で殺そう」
「あんまりそういうこと言ったら、怒りますからね」
それから小一時間、画面を見ながらの雑談は続いた。
ゲームを一時中断させたのは生理的欲求からだった。
「臨也さん、おなか空きました」
「うん?あーもう7時か。なんか食べよっか。出るの面倒だから何かとる?」
「僕作りましょうか」
並んで座って画面を見たまま帝人はさらっと言った。
「まじで?」
「まじです。材料勝手に使ってもいいならですけど・・・。冷蔵庫開けてもいいですか?」
律儀にたずねる少年に、臨也は鷹揚にうなずいた。
とことことキッチンに向かう後ろ姿を見ながら、臨也はゲームを終了させて立ち上がると、強張っていた筋肉を伸ばした。
デスクのパソコンをつけると、何件かメールが着ていたが、題名にざっと目を通すとそのままメーラーを閉じた。いざやさーんと、帝人の呼ぶ声がする。
振り向くと、帝人がきゅうりを片手にキッチンから顔を出した。
「冷やし中華のたれと麺がなぜかあったので、冷やし中華でいいですか?」
「いいよー」
「エプロンどこですか?」
「え、するの?」
臨也はカメラどこにあったかなと瞬間的に考えた。
「だって、制服汚れるじゃないですか。あ、あった。借りますね」
手近にあったエプロンを取り上げると、じゃあちょっとまっててくださいといって帝人は再びキッチンに引っ込んだ。
包丁やらなべやら水の音をBGMに、臨也が滞っていた仕事を片付けるべく立て続けに電話をかけまくっている間に、テーブルには黄色い麺の山がふたつ、築かれていた。通話終了ボタンを押すと、ちょうど帝人がエプロンを外して席についたところだった。
ふたり差し向かいで、ずばーという音を立てて麺を平らげる。錦糸卵とハムを同時につかもうとしながら帝人がいった。
「それにしても、あのゲーム、グラフィックは慣れれば味はあると思うんですよね。だから、シナリオ書く人とシステム作る人を変えて、ちゃんとしたチームリーダー置けばましになると思うんです」
それはもう別のゲームでは、とは言わないでおいてあげた。真っ先に人選に目がいくところが彼のおもしろいところだと臨也は思う。
「泊まっていけば。明日休みでしょ」
今日は金曜だ。無論、そのことは織込み済みの今回の行動なわけだが。この誘いはさすがにおどろいたようで、帝人は目をまるくした。
「えっ、でも、波江さんは?」
「明日は来ないよ。ああ、別に、寝てる間に波江とか製薬会社に引き渡そうとは思ってないから安心して」
「かえって不安になりました・・・」
でも結局は帝人が折れて、お泊りということになった。臨也は心の中でガッツポーズをとり、写メとろうと固く決意していた。そんな臨也の様子を見ながら、帝人は「ああなんか写メとか撮られそうな気がするな、やだな」と思ったが、面倒なのでほうっておいた。
「帝人くんってさあ」
「はい?」
「押しに弱いよね」
臨也が笑顔で言うと、帝人はあからさまにむっとした顔になって言い返した。
「それは臨也さんだからですよ。正臣だったらもうとっくに帰ってます」
「・・・それどういう意味?」
「どうって、そのままですけど。それよりゲームしないんですか?」
「ああ、飽きちゃった」
声にならない様子で帝人がじたばたするのを横目で見ながら、臨也はこの上なく楽しんでいた。ああ、これだから帝人君観察はやめられないな、と。
作品名:あなたと並んで座っていたい 作家名:れいと