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共犯者

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ガラス越しの向こうの海は、今にもごうごうという音が聞こえそうなほどに荒れていた。だというのにこの狭い空間には、微かな呼吸のする音と、金属の軋む音が聞こえるばかりで、酷く静かであった。注意深く耳をすませば、目の前にいる男の鼓動さえも聞こえきそうなものだと思ったら、少しだけ笑えた。

 わたしが笑ったことに気づいたのか、先ほどから項垂れるようにして、黙っていたアーサーさんが静かに顏を上げた。隠す気のないような、その人の不安そうな顏をみて、手を叩いて笑いたくなった。目頭が熱くなって、今にも泣き出して笑い転げ回りたいのに、それにはこの部屋はあまりにも狭過ぎるものだから、黙って彼の目を観た。ゴンドラはゆっくりとした揺れと共にぐんぐんと上ってゆく。わたしたちの気持ち等知りもしないで。

アルは、そう震えた声で、初めて彼はこの観覧車に乗り込んでから口を開いた。わたしが小さく返事をして、外に目をやる。ごうごうと音のしない海を眺めて、ため息をひとつ飲み込んで。もうすぐ嵐が来るのだろう。曇天の空がおどろおどろしくわたしたちを睨んでいる。

「アルフレッドは、お前を大切にしているのか」

「ええ、とても、あの人らしくないほどに」

そうか、と彼が消えそうな声で呟くと、それからは何も言わなくなった。ただ黙って涙を流していた。そうか、と繰り返しては、また、そうか、とまるで自分に言いきかせるようにして、なんどもなんども、それだけを繰り返した。ぼろぼろぼろぼろと面白いように出て来る<それ>をみて、わたしはやっぱりため息をひとつ飲み込んだ。相変わらず目の前の泣き虫な愛した男が、やっぱりわたしの幸福を思い、泣いているのだ。

わたしの幸福を思って彼の元からわたしを連れ出して、わたしの幸福を思って観覧車に逃げる様に飛び込み、わたしの幸福を思って涙を零している。わたしの幸福を思って、彼は一度だってわたしに愛していると口にしない。彼の行動すべてが、自分の為であると、わたしは知っている。だからわたしを愛している、と口にしない。だからわたしは涙ひとつ零さない。零すわけにはいかないのだ。

誘拐犯とわたしの奇妙な逃亡劇はとっくの昔に終わりを迎えていたはずなのだ。わたしが彼の弟の愛を受け入れたその時から。それなのに彼があがいていて、それにわたしは身を委ねてしまったのだ。こころとからだがちぐはぐな生き物のように。ポケットに入れた携帯がさっきからずっと震えていることをわたしは知っていた。携帯を開き、画面を観れば、わたしを異常に愛した男の名前が夥しいほどに並んでいることも知っていた。

自分の目の前から消えた男を、まだ愛す気はあるのだろうか。顏を歪ませて、わたしに手をあげるだろうじゃ、そんなとりとめもない想像をして、外に目をやると、アルフレッドさんが下でわたしたちを見ているのが見えた。酷く恐い顏をした彼は今にも泣き出しそうに見えた。可哀想なアルフレッドさん。わたしは、戻らなければならない、目の前の男の為にも、下で待つ彼の弟の為にも、そしてなにより、自分為に。元に戻らなければならない。わたしが自ら、元に戻らなければならない。

観覧車が回りきり、ゴンドラを降りれば、わたしたちの逃亡劇は終るだろう。きっとアーサーさんに痣のひとつやふたつが増えて、わたしは元の日常に戻るだろう。わたしは何事もなかったように、黙って下で待つ男に寄り添うのだろう。吐き気がするほど恐ろしいはなしに、喉の奥がつんとした。黙って目を閉じてわたしはゴンドラの揺れに身を委ねる。彼の呼吸に耳をすませて、ぎゅう、と彼の手に触れた。祈りたくなったのだ。誰でも良い誰かに。とりとめのないことを、すべて、縋りたくなったのだ。

それでもゴンドラはわたしたちを乗せて、ぐんぐんと降りてゆくものだから、困ったものだとわたしは口にする。わたしは息を止めて嵐が来るのを待っている。静かな揺れと共に、わたしたちはすがりつく何かを探し始める。

「あの時、わたしは確かに貴方を愛していたのです。」

親愛なるアーサー・カークランドさん、そうつけたして、わたしは笑う。知っていた、そう、答えてるあの人の声を耳をかたむけて。嵐がもうすぐやってくる。そうしてわたしたちは互いの手を握り逃亡劇は静かに終わりを向かい入れる準備をする。






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20100705 共犯者
作品名:共犯者 作家名:エン