つきあっていない二人、再会編
生まれて今日のこの日まで故郷を出たことがない帝人にとって溢れる人という表現は、学校の全校集会か夏祭りぐらいしか知らない。そんな帝人が、都内でも人口密度の高い池袋駅で人ごみに揉まれるという大都会の洗礼を受けたのである。
ぐったりと構内の柱にもたれかかりため息が出てしまうのも仕方だないことだろう。
そもそも、帝人が上京をしたのには訳がある。
小さい頃からの幼なじみが小学校の時に池袋へと転校した。幸い、ネット環境の整っていた二人は、その後もチャットを使いずっと連絡を取りあっていた。さて高校受験はどうしようかという時期に、幼なじみにこちらに来ないかと誘われ、昔から都会に憧れていたこともあり都内の高校へと進学を決めた。その地がこの池袋であるのだが、さっきまでの状況に、両親の反対をふり切ってまで東京の高校に入学したのは間違いだったかなと、早くもホームシックになりかけていた。
「帰りたい…」
弱気になり、肩にかけたかばんの紐をぎゅっと握り締め、下を向く。
そこに、今の帝人の気分には合わない、しかし、この街にはよく合っているような陽気な声がかけられる。
「よ! ミカド!」
その声に顔を上げると、年の頃は同じくらいの青年が立っていた。
背は帝人より幾分か高く、茶髪にピアスをいくつかあけている。
ナンパかと思うが、いくら自分の性別が女であろうと可愛らしい格好をしていない自覚があるため、それはないと思い至る。
残る可能性は帝人の待ち人である。よくよく顔を見れば、青年というには少し幼く、あどけなさの中に、小学校の頃に分かれた幼なじみの面影があった。
「え、あれ…紀田くん?」
帝人が尋ねると青年から出てきた言葉のノリは、帝人が知る幼なじみ、紀田正臣とまったく変わっていない。懐かしさと知った人に会えた安心さに、ようやく、帝人は池袋にきて初めての笑顔になる。
久々の再会に、再会というには随分変わっていた正臣の容姿を褒めながら口に出すと、少し照れながらこちらを非難するように反論してきた。
「そりゃ、四年もたてばなぁ。それに、帝人が変わらなさすぎなんだよ。あと、女の子な
んだからもーちょっとそれらしい格好しようぜ?」
そう言い、目線は帝人の身体に移る。口元は苦笑していた。自分でもさもありなんと思う。どうしてか発育の良くないからだは、かろうじて性別が女性と分かる程度しかない。加えて服装はメンズライクなカーキのブルゾンにスキニーデニム、スニーカーだ。肩より長めの髪がなかったら遠目には少年に見えてしまうだろう。
同じく苦笑した帝人をからかうように、正臣は頭を乱雑に撫でてくる。帝人はあわてて手を振り払うが、心底嫌がっている様子ではない。小学校の時もチャットでも常に正臣が帝人を引っ張るような関係であり、帝人もそれについて特に疑問を持っていなかった。
正臣が撫でるのをやめるとその手は帝人の手につながれ、二人の関係そのままに帝人を引っ張り、二人は歩き出す。
「正臣、人ごみの中で手をつなぐのは恥ずかしいんだけど…」
「ばっかお前、人ごみに不慣れなんだから手ぇつながないとすぐはぐれるぞ?東京は魔物…。その言葉そのままに人ごみというモンスターに飲み込まれそうな帝人を助ける、俺。友達想いで男らしいというスキルを身につけた今ならきっとナンパの成功率も上がる!」
ぐだぐだと寒いことを話し続ける正臣にときおりテキトウな合いの手を入れながら、帝人は前半の正臣の言葉にそれもそうだと納得する。よくも知らぬ場所で迷子になるのは遠慮したい。はぐれないように指を絡めて手をつなぎ直すと、正臣も強よく握り返してきた。
話をしながら駅を出ると正臣に尋ねられる。
「で、どこか行きたいここあるか?」
「ええと、チャットでも言ったけど、サンシャインとか」
「今から?……まぁ俺はいいけどよ、行くなら彼氏つくってからの方がいいぞ」
そういうものかと帝人が別の場所を告げる。仲良く話しながら、手を絡めてつないだまま、カップルにしか見えないただの幼なじみ同士は街の中にのまれていった。
作品名:つきあっていない二人、再会編 作家名:kana