和やかな五味
自動販売機や道路標識が、怒鳴り声に合わせて宙をダンスするいつもの光景を観賞しながら思った。ありふれた筈の学生は修学旅行で訪れた寺の入ってはいけない所までつい、と誤魔化しつつ入り込むのであろうか。
反論する材料には事欠きはしない。何故ならこのすっ呆けた顔した友人は、皮一枚捲るだけで異質さが現れる生き物だからだ。時々こっちを見て笑っている時のことを思い出すと、自然と寒気がくる。
胡乱気な視線を友情を込めて贈る。その後で改めて戦争中の別の友人二人と隣で自分と同じく傍観している比較的平和な友人に、わざわざ問うこともないことを問おうと思った。
調理実習なんて授業は君らには似合わないのに、はりきって参加するんだもんね。何時もより危険物が豊富で、逃げ遅れたらば命の危機を間近に感じてしまうだろう。シンプルに問題児を集めただけという流れの班に、人数合わせという名目でとばっちりを喰らったドタチンが、横でエプロンを身に着けている。さり気に似合うね、と褒めると褒めてないと返される。そっちは解体作業始めるみたいだねえ、と余計なことを臨也にひょいと追加される。心外である。君こそ包丁所持してると料理が目的に見えないね、と仕返しするがダメージは見受けられない。静雄は何だか卵割れなそうだなあとは、自業自得を避けて発言しない。
そうするとドタチンがお帰りなさい貴方、って三択を迫るのかあ。頼れる夫も兼任したらいいと思うよ、と蛇足しながら、先程から妙に大人しかった帝人を盗み見る。調理実習にタッパー持参はやめようね。そう注意しても左から右へと、只の風の音に分類して流されているようだ。自炊生活といえどせせこましい。彼氏なんとかしてやれよ。
「あ、そうだ臨也。この間提案したカラーギャングさ、情報分野は君と偶に僕の領分だとしても、まとめ役に臨也似の丁度いい後輩が居るんだけど」
無自覚とは時に意思を持った悪意より余程質が悪い、と実例を目撃してしまう厄日。
「何それ。恋人に間男紹介する気なの、酷くない?」
案の定空気が冷えても帝人はマイペースに首を傾げている。処置なしのお手上げで臨也も大いに大変だ。同情の念が沸くかもしれなかったりしなかったり。
「大体帝人は気が多過ぎだし」
「何言ってるの。正臣は幼なじみで、園原さんは確かにちょっといいなって思ってたけど二人とも臨也と会う前じゃない」
臨也がよくない傾向として、顔を若干歪める。果たして、まだ試食しかしていないのに始まってしまうのか。完全に痴話喧嘩っぽい。
「帝人は俺のもの、俺のものは俺のものなの」
子供みたいな独占欲を顕著にされる。さっきの訂正。帝人も相当手を焼いているし、見ているだけのこっちはこっちで胸焼けしそうな被害を被っている。
ふーん、そんなこと言っちゃうんだ。そんな地を這う声音での呟きが聴こえた。これは最もよくない兆候である。思わず乱入して美味しく出来た唐揚げあげるから赦してよ、と急いで持ち掛けてしょうがないなーもー、と収まった。餌付けするなという抗議の視線が刺さる。
なんだかんだいって、傍迷惑極まりないが二人は相思相愛の相互依存関係に当たる仲なのだ。
友人曰く。
俺とか、不本意ながらもシズちゃんとかから提供される非日常を見てる瞳が尋常じゃなくきらきらして、宝石みたいで好きなんだ。可愛くって独り占めしたくなるね。凄く美味しそうだし。爪先からかな、いやでも頭からでもいけそうだね。
誠信じられないことに、すとんと響いてきたのは一生に一度の恋を真摯に語る声そのものであった。少し表現がおかしくても、いやおかしいからこそ本音からだと分かる。
また、別の友人曰く。
好きな処?顔と声かな。
いい笑顔で言い放たれるそれに、思わず眩暈にやられる。惚れた腫れたはないのかと、これ以上怖いものはないかと割り切り、要点を限定して突っ込む。
えーと、惚れたなんたらかどうかは分からないけども、僕を一心に見つめながら呼ぶ声がなんだかいいよね。あれは他人に譲りたくはないかなあ。
どうやら結局、遠回りして辿り着いた終着地点は惚気話のようだった。