白昼夢は緩やかに僕を犯す
目の前を自動販売機が通過した。
驚きすぎて瞬きも忘れ、そこに止まるしかなかった。
僕だけの時間が止まった。
「い~ざ~や~く~ん?」
間延びした静雄さんの声で気づき、ようやっと瞬きをする。
二、三度瞬きを繰り返せば、自分の時が動き出す。
「やあしずちゃん!」
その声に、横を見るといつのまにいたのか臨也さん。
僕の両肩に手を置いて、にしゃにしゃと笑っている。
「てめぇ…」
「おおーこわいこわい!帝人君しずちゃんが僕をいじめるんだ!
何もしてないのに酷いと思わないかい?
帝人君もこんな暴力だけがとりえの化け物なんて嫌いだろ?」
にしゃにしゃと笑いながら、僕の耳の近くで臨也さんがそういうと、
静雄さんが形のいい眉をゆがめ、睨む。
臨也さんはそれが面白いらしく、今度は僕を後ろから抱きしめてはじめた。
僕は、されるがままにその事態を見ていることしか出来ない。
怖いのではなく、どうしていいのかわからないというのが今の本音だ。
「離れろ。」
いつも以上に低い声でそういいながら、右手で軽々と駐車禁止の標識を地面から引き抜いた。
その事自体が既に非日常的であるにもかかわらず、
僕はもう慣れっこになってしまって驚きよりも、ああまた引き抜いてしまって、いくらくらいするのだろうか。
とそんなことばかり考えている。
後ろの臨也さんに対しても、もうこんなことは当たり前になってしまって、あの薄気味の悪い笑い方すら臨也さんらしいと思うまでになった。
「やーだよ!」
「だったら、」
「だったら?何?
まーさーか!まさか今その標識を俺になげるっての?
僕の前に誰がいるかわかっていて?」
ははっ!大きく臨也さんが笑った。
僕は、標識なんて当たったら痛いだろうなぁ、くらいにしか頭が働かない。
どうしたらいいのだろうか、ここはやはり、喧嘩はやめてくださいとでも言うべきなのだろうか。
「ねぇ、ねぇねぇ帝人君。
君は本当に自分に関係のないような顔をしているねぇ。
誰のためにこんなことになってると思ってるんだい?」
その声が右耳の真横で聞こえた。
驚いて右を向くと、あまりに接近しすぎた臨也さんがいた。
眉目秀麗のその顔は、同性であっても心を揺さぶるには十分すぎる。
えっ、と小さく声を漏らす寸前、口をふさがれた。
どうやら僕の頭の処理速度は情報量と見合わず、何が起こっているのかを理解することが困難だ。
「うばっちゃった~」
にこりと笑う臨也さんは、そのまま僕を後ろから強く抱きしめた後、
じゃあね!と言って静雄さんとは別方向へと走り出した。
静雄さんは、と見れば、口からぽろりと煙草を落とし、持っていた駐車禁止の道路標識を握りすぎて形を変えていた。
たっぷり10秒は経った後、静雄さんは臨也さんの名前を叫び、走り出した。
もともと周囲には皆逃げてしまい人などおらず、ぽつんと一人残されたのは僕だけ。
眩暈がするほど静か過ぎる池袋の真ん中。
僕は目を瞑って思った。
白昼夢は緩やかに僕を犯す。
作品名:白昼夢は緩やかに僕を犯す 作家名:ErroR