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黒猫のワルツ

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 闇医者からの届け物に、黒づくめの少女は、唾を吐いて、整った顔をゆがませた。ひそめる眉。夜の闇。路地裏に、当然のように彼女は生息している。蛍光灯のみで光合成するような、矛盾した生物。折原、甘楽。月一で彼女は、闇医者のもとに検診に来る。性病だとか、そういうふしだらな病気を調べに。不特定多数と持つ関係を、闇医者が叱っても聞く耳を持たないで、奔放な少女は黒いコートを翻して、舌を出すのだ、一点、紅。それは闇医者と同居する運び屋に対しても、同じである。闇は、何においても縛られない。よしんば光に当たれば、打ち消されるだけ。半端に彼女を知る者ならば黒猫にでも例えるだろう、しかし彼女と非常に近しい闇医者と運び屋は、黒猫なんて可愛らしい存在でないことも知っている。
「あんたの旦那ってば嫌味ね」
 黒に抱かれた真っ白なビニール袋の中身を、運び屋は知らない。闇医者が、サービスしたのに忘れて行った、というから届けてやっただけなのだ。夜の街、日付は新しくなっても闇が消える訳ではない、月も見えない人工の街、軽快に、警戒して、路地から路地を飛び回る彼女を追いかけるのは大変であったのに。
「わーざーと、忘れたの、察してよ」
 運び屋の苦労などいざ知らず、否、知っていて少女は悪態を吐く。純真や素直が行き過ぎて、屈折して、結果矛盾だらけの性悪説。ビニールの中に顔を突っ込むようにして、少女は中身を再度確認して、話にならないわ、手を振って見せる。何が入っているんだ、運び屋が携帯端末に打ち込んだ文字を、遠目でもよく見通せる視力、ふふ、鼻で笑って、少女はビニールをひっくり返す。中から、カサカサと、軽い音を立てて地面に落ちる、紙の箱、五つ。見慣れないシンプルなパッケージに、運び屋は首を傾げた。コンドームよ、少女が見下ろすように言って、やっと運び屋は女性らしく恥じらいのしぐさ。運び屋だって、闇医者とは恋人同士であるからして、昼夜問わず性行為に及ぶこともある。しかし、運び屋は妖精であり、病気も移らず、女性器も有しないため、避妊の必要はなかった。初めて見る避妊具に一歩下がった態度の運び屋を、少女は闇の中から嘲り笑う。もしくは、自嘲。
「化け物はゴムなんて要らないもんね、知らないか」
『でもお前は人間だろう、避妊ぐらいきちんとしろ』
 挑発にも乗らず、ただ少女の身を心配する運び屋に、少女は、あはははははははは、高く、闇を指すように高く高く笑い声を上げた。どこに隠れていたのか、猫が飛び出して、逃げていく。運び屋のバイクが、怯えてぶるる、いななく。
「あんたなんっも知らないね!」
 笑いすぎて目じりに溜まった涙をぬぐいつつ、あるいはたとえば悲しみみたいな理由で出た涙をごまかすように笑いながら、ビニール袋もコンドームも道端に投げ捨て、少女はくるりくるり蛍光灯の下、踊るように足音を鳴らした。
「あたし卵が無いのよ、妊娠しないの」
 もし運び屋に顔があったなら、目を見開いていたであろう、少女は背を向けて、空を見上げていた。ビルの隙間から、星も見えない曇り空。蛍光灯とネオンの光、空はしらじらと明るい。さっき逃げた猫が、もう恐怖を忘れてねぐらに戻る。ビルの谷間に風が響く、街は夜であろうとうるさい。
「化け物、あんたと一緒よ、私も好きな人の子を産めない化け物なの、せいせいした?」
 背を向けたまま、地面を蹴る、足元を注視する少女の顔は見えない。運び屋は、けれど、通常の人間とは違う構造をした感覚器が、小さく漏れた言葉を拾う。少女は振り向かず、散らかした物を片づけもせず、ひらりひらりと闇へと踊る。
 一人路地裏に残った運び屋。ビニールとコンドームを影を使って拾い上げる。包みにしてバイクにぶら下げた荷物は良いとして、拾った台詞の処置に困る。闇にくるんで捨て置けば、後で猫が拾って食べるだろうか。
「静ちゃんの、子だって」
 猫の鳴き声が、路地裏を揺らす。人工の街は、優しくない。
作品名:黒猫のワルツ 作家名:m/枕木