昭和初期郭ものパラレルシズイザAct.2
「あっ、すみません!あの。」
「イイって帝人。その人客じゃねぇし。」
「へっ?」
「用心棒だよ。気にすんな。ほらこっち。」
今日は新入りの子が来ると
そう言えば聞いてたっけな、と
平和島静雄は紀田正臣に手を引かれて
臨也の部屋へ入ってゆくその子を見送る
如何にも田舎から出て来たばかりの
物慣れなさと純朴そうな雰囲気
この店の売りは顔のいい子を揃えている事だとかで
確かに顔立ちも純真そうな可愛い子だ
あんな子が
何故こんな苦界へ身を堕とすのかと
今日も平和島静雄は溜息をつく
ここでの仕事に就いて1週間
特殊な職業柄ゆえに
当然仕事は朝から夜までと決まったものでなく
住み込みの仕事で雑事も多い
何よりも静雄が戸惑ったのは
あまりに当たり前とは言え
雑事で娼館内をウロウロしていると
聞きたくもない嬌声が耳につく事で
こんなモン聞きたくもねぇ
もういっそ辞めてやろうかと何度も思った
だがその度に
見透かしたような作り笑顔でにっこりと
『どう?ムリなら辞めていいんだよ?』
と
折原臨也に微笑まれ
辞めてやるかクソと吐き捨てて
どうにかそれで1週間
畜生、あいつがあぁさえ言わなけりゃ
さっさと辞めてやってるのによと
やけくそ気味に呟いて
行こうとしたその時に
さっき入ったばかりの部屋の襖が
からりと開いて正臣が
「それじゃな。帝人?」と
いつもの明るい声と笑顔で言っておいてから
後ろ手に閉めた襖を背にして俯くその仕草
いつもの明るさは微塵もなくて
垂れた髪が顔を隠している
この店の一番人気が紀田正臣だ
吊り気味のくるりとした明るい瞳が特徴的で
髪の色もやや赤茶けて
一見すると混血児かと見えなくもないが
そうではないらしい
如何にも人懐こい明るい物言いと懐こい仕草
頭の回転が早く垢抜けていて客あしらいも上手い
人気が出るのも道理なはずで
だが本人はそれを鼻にかける事も無く
店の少年達の中心的な位置にいつも居る
こんなに機転の利く奴ならば
もっと他に幾らでも稼ぎ様があるだろうにと
不思議に思った静雄だが
それぞれの事情までもは解らない
今日の新入りの子も
どんな事情でここへ来たのか
自分が深入りする事では無いか、と
首を振って静雄が今度こそ行こうとした時だ
「へっ、ちょっ、待って下さい!!僕は!まだ!」
襖の内側から聞こえて来るのは
さっきの子の悲鳴
正臣、正臣と知り合いらしい少年の名を呼ぶ声は
明らかに切羽詰まっていて助けを求めている声だ
誰か、助けて、お願い
と言う声に
思わず反射的に襖に寄った静雄を
紀田正臣が後ろ手で襖を押さえたまま
ゆっくりと見上げた底光りするような茶色い瞳
「・・・余計な事すんな。」
俺ら
納得づくで売られて来てんだよ
と
正臣がいつもの軽い調子と全く違う声で
低く呻くように言う
「誘ったのは俺だけど。決めたのは帝人だ。」
あいつだってこの店が何の店か
「俺らが何やって稼ぐのか解ってて」
こっち側に来た
「あいつは自分で決めてこっち来たんだよ。」
だから
「余計な事すんな。」
やがて
折原臨也に何か言われたものか
諦めたのか
襖の内側から助けを求める声は消え
変わりのように
この店で
静雄が慣れたくもないのに聞き慣れてきた
喘ぎ声と嬌声が
また俯いて
小刻みに震えて
耐えているような少年の色素の薄い赤茶の髪を
平和島静雄はじっと見る
何を言ってやることもできないし
何をしてやることもできない
売られてくる少年達の値段は
この前まで取り立てをやっていた闇市の金貸しの比ではなく
静雄が肩代わりする事のできる額では到底無いのだ
その上に
無理強いでは無く自分で決めてここへ来た、と
そう言われてしまえばもう
自分には
どうする事も
どのくらい
自分と正臣はそうしていたのだろう
やがて気が付くと嬌声は消え
ハッと顔を上げた正臣が襖から離れると
それに呼応するように襖が中から開き
そのまま襖にもたれかかるようにぐしゃりと
乱れた着物から脚もあらわに帝人がそこへへたり込む
「帝人!」
と
慌てて正臣が
その背に手を回して抱き
ごめんな帝人
と
泣きそうな声で呟いた
すると部屋の中から
正臣その子湯殿へ連れてってやってよ
そして洗い方教えてやって?と
この部屋の主の声がして
平和島静雄は思わず「手前!」と
襖を押し開けて部屋の中へと踏み込んだ
「・・・何の用?」
いつも通される部屋の更に奥
赤い壁のその部屋で
羽二重の布団に緋色の襦袢
フフと不敵に笑う男が
小さな小瓶に手を伸ばし掴み損ねて転がった
その小瓶がコロリと静雄の足もとに
「・・・悪いけど」
それ
ちょっとこっちへやってくれない?
と
寝床の上で緋色の襦袢をぞろりと広げておいて
しどけなく脇息に縋りながら
折原臨也がフフフと笑って髪を梳く
髪が濡れる程の汗
息の度に揺れる肩
口をきくのも辛そうで
実際脇息から離れて
その小瓶を追いかける体力も無いように見える
「・・・手前。」
「いいから・・・早く・・・してよ馬鹿・・・。」
本当に辛そうに笑って歪む顔
静雄は慌てて足もとの小瓶を拾い上げ
それを臨也に渡してやった
「・・・蓋くらい・・・開けてよ。」
気が利かない男だねぇ
と
喘ぎながら文句を言われてまた慌てて蓋を開ける静雄
その小瓶を受け取ると
臨也は中の丸薬を数も確認せずに幾粒か
掌に取り出して一気に飲み込んだ
「ちょっと・・・そこの・・・水」
取ってよと指示されて
水差しの水を汲んで渡してやるが
脇息に縋っている臨也には
その水を受け取る事も辛いらしく
こっちへ来いと静雄を招き
ちょっとこれ飲ませてよとその胸に縋る
「・・・手前。病気持ちかよ?」
「見て解らない・・・?馬鹿?」
あぁ畜生
苦しい
と
水を飲み終えた臨也は
汗まみれの髪を静雄の胸にぶつけるようにして喘ぎ
わなわなと震える手で
静雄の着物の襟を掴む
「ちょ、新羅呼ぶか?」
「いい・・・。薬・・・飲んだし。」
「効いてねぇだろうがこれ?」
「そんな・・・すぐに・・・効かないよ馬鹿。」
「寝てた方がラクなんじゃねぇのか?」
「苦しくて・・・寝られないんだよ・・・馬鹿。」
じゃあ
どうすりゃいいんだと訊く静雄に
背中
さすってよと臨也が汗を滴らせながら呟く
「ここら辺か?」
「違う・・・もっと・・・上。」
「ここか?」
「うん・・・。」
心臓の裏辺り
掌の下に感じる
跳ね上がるような鼓動
「・・・病気ならなんで水揚げなんかすんだ。」
普通あぁいうのは
客がやるもんだろ
高い金取って水揚げヤらせんだろ普通
と
静雄が言う
君には解らないよ
と
臨也が言う
「最初が酷い相手だと」
最悪なんだ
と
「客は見かけによらないよ。どんな紳士面してたって」
部屋へ入れば
「俺らを人間扱いしない奴なんて幾らでも居るさ。」
そんなのに
最初当たったら
「可哀想じゃない。」
静雄は黙って
臨也の背中をさする
都合のいい詭弁なのかも知れないが
こんな身体を押してまで
水揚げをするこの折原臨也という男の事が
「イイって帝人。その人客じゃねぇし。」
「へっ?」
「用心棒だよ。気にすんな。ほらこっち。」
今日は新入りの子が来ると
そう言えば聞いてたっけな、と
平和島静雄は紀田正臣に手を引かれて
臨也の部屋へ入ってゆくその子を見送る
如何にも田舎から出て来たばかりの
物慣れなさと純朴そうな雰囲気
この店の売りは顔のいい子を揃えている事だとかで
確かに顔立ちも純真そうな可愛い子だ
あんな子が
何故こんな苦界へ身を堕とすのかと
今日も平和島静雄は溜息をつく
ここでの仕事に就いて1週間
特殊な職業柄ゆえに
当然仕事は朝から夜までと決まったものでなく
住み込みの仕事で雑事も多い
何よりも静雄が戸惑ったのは
あまりに当たり前とは言え
雑事で娼館内をウロウロしていると
聞きたくもない嬌声が耳につく事で
こんなモン聞きたくもねぇ
もういっそ辞めてやろうかと何度も思った
だがその度に
見透かしたような作り笑顔でにっこりと
『どう?ムリなら辞めていいんだよ?』
と
折原臨也に微笑まれ
辞めてやるかクソと吐き捨てて
どうにかそれで1週間
畜生、あいつがあぁさえ言わなけりゃ
さっさと辞めてやってるのによと
やけくそ気味に呟いて
行こうとしたその時に
さっき入ったばかりの部屋の襖が
からりと開いて正臣が
「それじゃな。帝人?」と
いつもの明るい声と笑顔で言っておいてから
後ろ手に閉めた襖を背にして俯くその仕草
いつもの明るさは微塵もなくて
垂れた髪が顔を隠している
この店の一番人気が紀田正臣だ
吊り気味のくるりとした明るい瞳が特徴的で
髪の色もやや赤茶けて
一見すると混血児かと見えなくもないが
そうではないらしい
如何にも人懐こい明るい物言いと懐こい仕草
頭の回転が早く垢抜けていて客あしらいも上手い
人気が出るのも道理なはずで
だが本人はそれを鼻にかける事も無く
店の少年達の中心的な位置にいつも居る
こんなに機転の利く奴ならば
もっと他に幾らでも稼ぎ様があるだろうにと
不思議に思った静雄だが
それぞれの事情までもは解らない
今日の新入りの子も
どんな事情でここへ来たのか
自分が深入りする事では無いか、と
首を振って静雄が今度こそ行こうとした時だ
「へっ、ちょっ、待って下さい!!僕は!まだ!」
襖の内側から聞こえて来るのは
さっきの子の悲鳴
正臣、正臣と知り合いらしい少年の名を呼ぶ声は
明らかに切羽詰まっていて助けを求めている声だ
誰か、助けて、お願い
と言う声に
思わず反射的に襖に寄った静雄を
紀田正臣が後ろ手で襖を押さえたまま
ゆっくりと見上げた底光りするような茶色い瞳
「・・・余計な事すんな。」
俺ら
納得づくで売られて来てんだよ
と
正臣がいつもの軽い調子と全く違う声で
低く呻くように言う
「誘ったのは俺だけど。決めたのは帝人だ。」
あいつだってこの店が何の店か
「俺らが何やって稼ぐのか解ってて」
こっち側に来た
「あいつは自分で決めてこっち来たんだよ。」
だから
「余計な事すんな。」
やがて
折原臨也に何か言われたものか
諦めたのか
襖の内側から助けを求める声は消え
変わりのように
この店で
静雄が慣れたくもないのに聞き慣れてきた
喘ぎ声と嬌声が
また俯いて
小刻みに震えて
耐えているような少年の色素の薄い赤茶の髪を
平和島静雄はじっと見る
何を言ってやることもできないし
何をしてやることもできない
売られてくる少年達の値段は
この前まで取り立てをやっていた闇市の金貸しの比ではなく
静雄が肩代わりする事のできる額では到底無いのだ
その上に
無理強いでは無く自分で決めてここへ来た、と
そう言われてしまえばもう
自分には
どうする事も
どのくらい
自分と正臣はそうしていたのだろう
やがて気が付くと嬌声は消え
ハッと顔を上げた正臣が襖から離れると
それに呼応するように襖が中から開き
そのまま襖にもたれかかるようにぐしゃりと
乱れた着物から脚もあらわに帝人がそこへへたり込む
「帝人!」
と
慌てて正臣が
その背に手を回して抱き
ごめんな帝人
と
泣きそうな声で呟いた
すると部屋の中から
正臣その子湯殿へ連れてってやってよ
そして洗い方教えてやって?と
この部屋の主の声がして
平和島静雄は思わず「手前!」と
襖を押し開けて部屋の中へと踏み込んだ
「・・・何の用?」
いつも通される部屋の更に奥
赤い壁のその部屋で
羽二重の布団に緋色の襦袢
フフと不敵に笑う男が
小さな小瓶に手を伸ばし掴み損ねて転がった
その小瓶がコロリと静雄の足もとに
「・・・悪いけど」
それ
ちょっとこっちへやってくれない?
と
寝床の上で緋色の襦袢をぞろりと広げておいて
しどけなく脇息に縋りながら
折原臨也がフフフと笑って髪を梳く
髪が濡れる程の汗
息の度に揺れる肩
口をきくのも辛そうで
実際脇息から離れて
その小瓶を追いかける体力も無いように見える
「・・・手前。」
「いいから・・・早く・・・してよ馬鹿・・・。」
本当に辛そうに笑って歪む顔
静雄は慌てて足もとの小瓶を拾い上げ
それを臨也に渡してやった
「・・・蓋くらい・・・開けてよ。」
気が利かない男だねぇ
と
喘ぎながら文句を言われてまた慌てて蓋を開ける静雄
その小瓶を受け取ると
臨也は中の丸薬を数も確認せずに幾粒か
掌に取り出して一気に飲み込んだ
「ちょっと・・・そこの・・・水」
取ってよと指示されて
水差しの水を汲んで渡してやるが
脇息に縋っている臨也には
その水を受け取る事も辛いらしく
こっちへ来いと静雄を招き
ちょっとこれ飲ませてよとその胸に縋る
「・・・手前。病気持ちかよ?」
「見て解らない・・・?馬鹿?」
あぁ畜生
苦しい
と
水を飲み終えた臨也は
汗まみれの髪を静雄の胸にぶつけるようにして喘ぎ
わなわなと震える手で
静雄の着物の襟を掴む
「ちょ、新羅呼ぶか?」
「いい・・・。薬・・・飲んだし。」
「効いてねぇだろうがこれ?」
「そんな・・・すぐに・・・効かないよ馬鹿。」
「寝てた方がラクなんじゃねぇのか?」
「苦しくて・・・寝られないんだよ・・・馬鹿。」
じゃあ
どうすりゃいいんだと訊く静雄に
背中
さすってよと臨也が汗を滴らせながら呟く
「ここら辺か?」
「違う・・・もっと・・・上。」
「ここか?」
「うん・・・。」
心臓の裏辺り
掌の下に感じる
跳ね上がるような鼓動
「・・・病気ならなんで水揚げなんかすんだ。」
普通あぁいうのは
客がやるもんだろ
高い金取って水揚げヤらせんだろ普通
と
静雄が言う
君には解らないよ
と
臨也が言う
「最初が酷い相手だと」
最悪なんだ
と
「客は見かけによらないよ。どんな紳士面してたって」
部屋へ入れば
「俺らを人間扱いしない奴なんて幾らでも居るさ。」
そんなのに
最初当たったら
「可哀想じゃない。」
静雄は黙って
臨也の背中をさする
都合のいい詭弁なのかも知れないが
こんな身体を押してまで
水揚げをするこの折原臨也という男の事が
作品名:昭和初期郭ものパラレルシズイザAct.2 作家名:cotton