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ベノム

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私は若草色のタイルを力をいれて磨いている。
このタイルは、湿気の多い浴室でも滑らないようにと、表面がざらついている。
私は、頭にタオルを巻き、半そでのTシャツの袖を肩口まで、Gパンを膝上まで捲り上げて四つんばいの格好で一心不乱にタイルを磨いている。
日曜の朝の朝のことだ。

私は掃除が嫌いではない。
必要がなければまったく手をつけないのだが、やるときは必要以上にやる。
そして、その最中は充実している。
というのも、単調な作業をしながら頭の中でいろんなことを考えているからだ。だが、麗しき乙女のことを考えているというわけではない。私が考えるのは職業柄血なまぐさいことの方が多い。
そして、今日、私がこのタイルを磨きながら考えていたのは、刑事になって2年ほどがたったときに起こった事件のことだ。事件は、女子大生殺害事件・・といえば、大体の概要がわかるかもしれない。
とある、有名女子大学の生徒である一人が、一人暮らし先のアパートで惨殺されたのだ。
その生徒が、ミス○○大であり、とある女性ファッション誌の読者モデルをしていたことから、テレビなどでも大きく報道された。
私はその事件で、地取り・・・つまり、犯人の足取りを掴むための捜査にまわされていた。
ベテラン刑事の一人についてもらい、地道に聞き込みを続けたのだが・・・今もなお、犯人はようとしてしれない。
今も、継続捜査中ということになっているが、実際、時間がたった事で殆どお蔵入り状態になっている。こういうと、継続捜査中というのが建前で、実際は誰も動いていないと思うかもしれないが、現職の刑事たちはきちんと捜査を行っている。といっても、凶悪犯罪が横行する現在・・・なかなかその時間が取れるようなものでもないのが実情だ。
というわけで、私はこの事件のことを掃除しつつ反芻していた。
休みの日くらい、そんなことを忘れて・・・という気持ちもないでもないし、そういう日もあるのだが、私は刑事職がやはり好きなのだろう。何も考えずに一日を過ごすより、こうやって事件のことを追っているほうが充実した気持ちになる。
まぁ、私は頭脳仕事が本業ではないので、奇抜なアイディアなどが浮かぶわけではない。あくまで反芻の範囲のことだ。
当時の部屋の様子からはじめ、近隣近所の地図、被害者のバイト先・・・などを頭の中で組み立てていると、とつぜん、背中に何かが落ちてきた。
「なっ・・・!」
驚いて、四つんばいの状態のまま、背中に落ちてきたものを振り返ると・・・

「何してるんですか」
何かが落ちてきたのではない。私の腰の辺りに横座りしてる女子高生がいるのだ。
「ん?座ってる」
さも楽しそうに、その少女―陽子―は言った。
「あなたの家ではどう教わっているか知りませんが、大の男に座るのは感心しませんね」
お馬さんじゃないんだから・・・。私は、四足姿のままため息をついた。
「まぁ、教わったわけじゃないけど、楽しそうだったから。」
どういう趣味だ。心の中で突っ込みつつ、どいてくれるように促した。彼女は少々不満そうながらも、立ち上がる。
私も、四足姿から立ち上がり、あらためて浴室を見ると綺麗に片付いていた。
どうやら、思想に沈んでいるうちに大掃除が終了していたようだ。掃除した覚えのない換気扇まで綺麗になっている。
「まぁいいでしょう。掃除も終わったことですし・・」
私はそういいつつ、シャワーに手を伸ばした。床の泡を洗い流せば終了だ。
「ささ、こんなところにいないで脱衣所に行って下さい。濡れますよ」
はぁいっという返事を背に、私は栓をひねった。おっといけない。蛇口から出るようにしたままだった。私は切り替えレバーを操作し、シャワーから水を出した。浴室にそれを向けつつ水量を調整する。
少しずつ後退しながら、泡を流していると、背中にドンと何かがあたって、私はバランスを崩した。
スッテンと間抜けにも転がり、暴れたシャワーが大量の水を私にかける。
情けない・・・浴室の狭さは自分で分かっていたはずなのに、後退しすぎて扉にぶつかったらしい。そう思ったのだが・・・
「いったぁ・・・」
っと私の背後から声がする。はっとして背後を見ると、陽子の顔・・・・。
私は、陽子に背中から抱きかかえられるような格好で倒れこんでいたのだ。
「な・・・・なんであなたがここに居るんです!出てっていったでしょう!」
あわてて身を起こし、暴れるシャワーを掴む。
「だって、脱衣所ってどこかわかんないし・・・」
今、私は情けない顔をしているに違いない・・・。陽子が目の前で笑い転げた。
確かに、彼女の返事を聞いていなかったのと、扉の開閉音を聞いていなかったのは私のミスだ。だが、濡れますよ・・・と注意した時点で、浴室から出てくれといっているようなものではないか・・・?
「もしかして、わざとですか・・・」
といってみると、
「ばれた?」
っとすました答えが返ってくる。まぁ、わざとではないのだろう・・・。彼女はモノをしらない少女なのだから。
私がため息をつくと、彼女は何故かつまらなそうな顔をした。それはまぁいい。困ったのは二人がびしょぬれになってしまったことだ。私はいいとしても、彼女をびしょぬれのまま帰すわけには行かない。
断固として・・・。
彼女を濡れた制服姿で帰したものなら、あの新鋭隊長になんとそしられるか・・・。
八つ裂きどころでは済まされないきがする。私はぶるりと震えると、シャワーをとめ、浴室から出るとバスタオルを取り、彼女の肩にかけた。
「あ・・・ありがと・・・」
心なしか彼女の顔が赤い。風邪をひいてくれるなよ・・・。私は心の中で願い、浴槽の栓をしめると湯を入れ始めた。
「とにかく・・・濡れたままではいけませんので、お風呂を入れましょう」
「うん」
「着替える服がないですが、制服が乾く間、私の服で我慢できますか?」
「う・・・うん」
俯く彼女の顔が赤い・・。これは本格的に風邪をひきかけているのかもしれない。
「では、適当な服をもってきますから少し待っててください」

私は浴室から出ると、自室に帰り、彼女でも着れるような服を探す。
何度かしか袖を通していないような服を選びながら、私はやはり、景麒に素直に事情を話すべきだろうと覚悟を決めた。
彼女に風邪を引かせるよりも、濡れてしまった事情を話し、彼女の主治医に掛け合ってもらったほうが罪が軽い・・・いや、景麒からの殺人光線が少なくすみそうだ。
私は厚手のトレーナーとGパンを手に彼女の元へと引き返した。
作品名:ベノム 作家名:あみれもん