人形の価値
戦闘訓練。
機体にのらずに行われる肉体を使った戦闘訓練。
頭脳とともに必須のその能力は、しかし、自分よりも劣っているとアクセルは思った。
すばらしいプロポーションと、美しい顔を持つ女。
いや、女ではない。
人形。
自分の意思の欠片もない、人形。
培養液の匂いがするようだと、アクセルはラミアを見下ろしながら思った。
ラミアは胸を忙しく上下させ、息を整えている。
「立て、まだだ」
アクセルが冷たく言うと、ラミアはゆっくりと手を床につき、自分の身体を起こす。
すでに何度も、アクセルに倒されたラミアの体に力はなく、小さく震えている。
脚で自分を支えるのすらつらそうに見えた。
それでも、ゆっくりと立ち上がり、アクセルを見る瞳には、やはりどのような感情も浮かばない。
悔しさ、怯え、怒り・・・そのほか、あらゆる表情のない、それこそマネキンのような顔。
それはアクセルのサディスティックな部分をひどく刺激した。
その顔に拳を叩きつけ、引きずり倒して、めちゃくちゃにしてしまいたい。
横に降ろした拳をぎゅっと強く握る。
「もう一度だ」
アクセルの言葉に、ラミアは小さく頷き、身体を半身にし、構えを取る。
アクセルもまた、身体を半身にし、右手を前に、左手を少し下げる。
空気がゆっくりと緊張感を増し、それが張り詰める前にラミアが動いた。
激烈な・・・といっても良い攻撃だったが、アクセルはそれを最小限度の動きで避ける。
しかし、それを読んでいたラミアが、そのまま抜けざま、身体を翻し、蹴り上げる・・・っが・・・。
何がおこったのか、ラミアには分からなかった。
気がついたときには体が完全に宙に浮き、背中から床に叩きつけられていた。
「クゥ・・・」
小さくうめき声が漏れる。
眉間に皺をよせ目を閉じるラミア。
初めて見せた表情の変化ではあったが、それではアクセルは満足しない。
アクセルは、ラミアの腹にまたがり、片手で胸元の布を掴み、もう片方の手をきつく握ると、振り上げた。
ラミアはそれに気付き、目を閉じる。
アクセルは、振り上げた腕を思い切り彼女の頬に叩きつけようとし・・彼女の頬に触れる数センチ前でそれを止めた。
ラミア頬を、彼の立てた風が撫でる。
きつく閉じられていた瞳がゆっくりと開き、不審の目をアクセルに向ける。
「たい・・・ちょう・・?」
化粧をせずとも、色づいた唇がかすれた声を出すと、アクセルは腕を下ろし、彼女の胸を掴んでいた手も離し、彼女から下りた。
「やめだ」
「隊長・・・・?」
いっきに虚脱したように肩を落とした、アクセルに、ラミアは気にかけるような声をかけた。
アクセルはそれにひどく苛立つ。
人形ごとき、殴るに値しない。
心の向くままに人形を殴ったところで、自分を落とすだけだ・・・。
だが、その人形ごときに、そのような声をかけられるのは屈辱だった。
立ち上がり背をむけたアクセルに、近づくラミアの気配。
奥歯を噛み、怒りをなんとか抑えようとするアクセルに気付かず、ラミアは近づきすぎた。
彼の領域に無防備に触れたラミアを振り返り、思い切り睨み上げた。
感情を理解しないはずの人形が、その一瞬凍りついたように脚を止めた。
人形というものにも本能があるのか・・・・皮肉な思いに囚われたアクセルは、腕を伸ばし、別のいたぶり方をすることにした。
そっとラミアの頬にふれると、彼女は思ったとおりの反応をしめした・・・。
つまり、殴られるときよりも敏感に、身体をこわばらせたのだ。
無意識に、アクセルの唇の端があがる。
「どうした?怖いのか?」
からかうような言葉に、ラミアは何も答えない。
どう反応してよいのか、彼女は知らないのだ。
そう思うと、少し愉快な気分になる。
あくまで優しく彼女の頬をゆっくりと撫でる。
そのたびに、彼女の緊張が高まるのが面白かった。
思うままに、もう片方の手で彼女を引寄せた。
ぎこちなく数歩を近づくラミアの顎を掴み、少しだけ上を向かせる。
彼女は、怯えきった子犬のような目をしていた。
その瞳を、少し上から見下ろし、にやりと笑ってみせる。
すると、彼女は、何を思ったか、きつく目を閉じた。
この状態で目を閉じるとは・・・アクセルの感覚から言えば、バカらしいとしかいい用がない。
だが・・・
それでも、アクセルは、誘われるように己の唇を彼女のそれに重ねた。
ラミアの体が、アクセルの傍で跳ねた。
小さく開いていた唇を、己の唇でこじ開けると、思うままに口内を探る。
小さく震えるラミアに、アクセルは唇を重ねたまま笑い、そして、彼女の唇に歯を立てた。
「ンッ・・・!」
突然の攻撃に、ラミアは身をよじり、アクセルから離れる。
ラミアの唇からは一筋の赤い血。
そして、アクセルの唇にも、彼女の赤い血がかすかについている。
アクセルは、それを舌で舐めとり、困惑の目でこちらをみるラミアににやりと笑って見せた。
彼女の血は、甘く甘美に感じられた。
ラミアは、こぼれる血をそのままに、唖然とアクセルを見つめる。
次々と表情を替える人形・・・。
人形・・・。
今更ながら、そのことに気付き、アクセルはゆっくりと表情を凍らせた。
そして、自分の行動を恥じた。
「お前は・・・人形だ」
低く殺した声でアクセルが言えば、ラミアもまた、それに頷く。
とたんに、アクセルの口の中に残った彼女の残り香が生臭い培養液のものへと変わった。