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君を呼ぶ声

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山本が、綱吉の名前しか言えなくなった。
 朝の挨拶も、先生に指されたときの返事も、何もかも「ツナ」。
 ふざけているわけではない事はすぐに判明した。何しろ当人が非常にとまどっていたし、黒板にチョークでその旨を伝えたからだ。

 そしてそれは半日経っても治らなかった。本人は既に慣れて困ったように笑うだけだったが、周りは騒然とし、特にツナの蒼褪めぶりは、獄寺の目に「おかわいそう」に映った。

「山本!」
「ツナ…」
「とにかくシャマルに診てもらおう!」

 そんな大げさな、という目を向けてくる山本を、ツナは「いいから」と保健室に引っ張っていった。もちろん獄寺も不機嫌そうについてくる。

「山本が変なんだ!」
「男は診ねーって言ってるだろ?」

 案の定門前払いを食らいそうになるが、親友の一大事だとツナは引き下がらなかった。
「じゃあ症状だけでも聞いてよ!」 

 かくかくしかじかと一生懸命説明するツナに、シャマルはめんどくさそうに頭を掻いた。
「何だそりゃ。芝居じゃねーのか?」
「違うって言ってるのに…っ!」
「とにかくオレも暇じゃねーんだ。帰った帰った」

 子供達を追い出すとシャマルは首をかしげた。
(まさか…アレじゃねえよな)


 
 
 
 
 
 



 オンリーユー病:好きな子の名前しか紡げなくなる病
 
 リボーンはツナに相談されてすぐにその病名に思い至った。
 面白いので──ツナがこの状況にどう対応するか試したくて──しばらくほっておくことにしたが。
 

 獄寺には山本の少し辛そうな、でもほんのり幸せそうな「ツナ」が愛の言葉にしか聞こえない。
(そんな声で10代目を呼ぶんじゃねーよ…くそっ)
 苛々する。
 
 多分、山本本人は気付いていない、自分がどんな声で、どんな表情で彼の名を発しているか。だったら、わざわざ気付かせてやるものか。
 
 
「ツナ!」
 3日目の昼休み。いつものように山本がやってきて、弁当を持つ腕を軽く上げながら笑った。こういう場面なら何が言いたいのかわかる。
「うん。行こう、獄寺君」
「…はい、10代目」
 
 3人並んで屋上で昼食。以前とまったく変わらない筈なのに、ツナは少しだけ身構えてしまう。
「ホント、ランボには参るよ~」
「まったくっス!あのアホ牛…」
「ツナ」
「何、山本」
「ツナ、ツナ、ツナ」
「…えーと」
 山本はやけに嬉しそうに、にこにこ笑って、ただ名前を繰り返す。
「や、山本…」
 ツナも呼ばれるたびになんだかざわざわしてほわほわしてじんわりきてよくわからないけど心地いいような泣き出したいような感じになって頬を染める。
 獄寺の苦痛は増すばかり。否、既に限界だった。

「てめー、わざと言ってんじゃねー!!」
「ご、獄寺君!!」
 今にもダイナマイトを放ろうとする獄寺から、ツナは慌てて山本を庇う。
「つーなー」
 
(ああ、耳がくすぐったい)

 

 放課後、獄寺は一足先に教室を出て、例のリボーンの潜伏先──消火栓に向かった。
 「10代目の家庭教師」である彼が、山本に対するツナの様子を監視する為に並中に来ていることはわかっていたのだ。

「リボーンさん…」
「何だ獄寺」
「本当はアレが何なのか知ってますよね…?」
「…まーな」
「やっぱり!! いい加減何とかしてくださいよ!このままじゃ10代目もおかしくなっちまいます!!」
「おかしくなってんのはおまえの方じゃねーか、獄寺」
「っ…!」
 
「そういう風に聞こえてたんだろーな、山本にも」
「?」
「おまえの『10代目』」
「……あ」

 そういえば目にしたことがあるような気がする。
「10代目!!」
「獄寺君」
 呼び合う自分たちを一歩引いたところから眺めて、山本が一瞬見せた苦い表情。

(何だこいつ)

 それはすぐに掻き消えて、いつもの能天気なスマイルに戻った。
 だから気にしなかった。
 
 今考えればあれは──。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 既に事情を知る部員達は山本と意思の疎通を図る為、グラウンドにノートを持参してくれた。だから部活動にもまったく支障はない。
 捕手が構えるミットを静かに見つめ、山本は球を放る。それはまるで吸い込まれるように綺麗に決まる。
 投球もバッティングも、最近は絶好調だった。 
 

(そっか…羨ましかったのな──オレ)
 一日に何度も耳にしてきた、獄寺の、ツナ以外には決して向けることのない柔らかく崩れた笑みと、そのときの感情がストレートにこもった声。
 

 10代目、10代目、10代目、10代目、10代目──。
 
 
 ある時は優しく、ある時は躊躇いがちに、ある時は不安げに、ある時は心配そうに、ある時はほとんど悲鳴のように。
 状況によって違いはあるけれど、その背景にある想いはいつも同じ。
(気付いてないのはツナだけだって)
 わかってはいるだろう、あの小さな親友は。獄寺がツナをどんなに大切にしているかなんて。
 
 声に素直に表れる深すぎるほどの敬意と愛情。甘い蜜のように絡んで拭えないそれに、溺れてしまわないのが不思議なくらい。
 
(ツナ…、ツナ…、──ツナ)
 大事な大事なその名前。口にすれば喉は甘く震える。
 本当はずっとあんな風に呼んでみたかった。

(獄寺みたいに)
 
 
 
 
 今ならツナにも伝わるだろうか。
 
 
 
 
(サイトより再録)
作品名:君を呼ぶ声 作家名:_ 消