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Last Gift

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※リボーン死後
 
 


 電車の窓を掠るように過ぎる景色は似たようなビルの連なりで、月日の流れでだいぶ様変わりしているのだろうが、それに気付くことがあっても、特に何の感慨も感じない。
 平日の昼間に、この路線に乗ってあの場所へ行くのは、これで何度目になるのだろう。
 長めのパーカーのポケットにつっこんだ手の中で切符を弄びながら、記憶を遡って数えようと試みるがうまくいかない。あまりに同じことを繰り返しすぎて、ひとつひとつの区別などつかなくなっている。
 
 
 
 
 
 時折、こんな風にすべてを投げ出してショート・トリップに向かうボスに対して、守護者達をはじめとする周囲は、もはや何も言わない。理解なのか、許しなのか、諦めなのか──いずれにしてもツナは、申し訳ない気持ちになる。
 スーツを脱ぎ、ほとんど袖を通していない新品同様の普段着を身につけて出掛ける間際、ツナの様子の些細な変化を察知した右腕と親友は、心配そうにしながらも、引き止めずに送り出してくれた。
 
「これで最後にするから」
 一歩踏み出してから、これだけは言っておかなければと振り返り、宣誓する。よほど虚をつかれたのか、ふたりは目を開いて絶句したが、すぐに回復して頷いた。
 
「いってらっしゃい、ツナ」
 山本は曇りのない晴れやかな表情でひらひらと手を振り、獄寺は眦を柔らかくして告げた。
「リボーンさんによろしくお伝えください」
 
 
 
 
 
 並盛から少し離れた町にあるそのアパートは、相変わらずこじんまりとしていた。
 まっすぐ一階の端の部屋に向かい、ノブを回す。予想通り、鍵はかかっていない。
 不用心だと呆れながら中に入り、靴を脱いで上がり込んだ。
 もともと物がない部屋は殺風景だが、綺麗に整頓されているわけでもなく、床のあちこちに工具や小さな金属部品が散らばっている。
 室内はシンとしていて、人の気配は感じられなかった。
 
(やっぱり下か)
 ツナは小さくため息をもらし、使われている形跡のないキッチンに向かう。シンク台の前の床には、人がひとりおさまるくらいの穴が開いている。普段それを塞いでいるはずの蓋は外され、近くに転がっていた。
 四角い穴には梯子が備え付けられていて、地下に続いている。ツナは当然のようにそれを使って地下へ下りると、奥へ呼びかけた。
 
「また来たよ、スパナ」  
 その空間は、ツナがスパナのために用意させた研究施設だ。全体にパイプやコードが張り巡らされていて、何種類もの大きな機械が所狭しと並んでいた。
 
「……おかえり」
 幸い、彼は作業を中断してお茶を準備するところだった。急須にお湯を注ぎ入れながら応えるその声に、ツナは目を潤ませた。
 
 出されたお茶を素直にご馳走になりつつ、鞄の中からてのひらサイズのケースを取り出す。
「……充電してくれ」
「うん」
 スパナはそれを受け取り、包装を口で剥がして新しい飴をくわえてから、背後の棚から充電器を引っ張り出した。

「何か不具合は?」
 ケースには、両眼用の特殊なコンタクトレンズが納まっていた。中身を検分しながら尋ねられ、ツナは「いや」と首を横に振る。
 
「メンテナンスの必要は無し、か」
 スパナはひとり頷いて、取り出したコンタクトレンズを充電器に入れ替えた。
 
 ランプが赤く点灯し、高速チャージが始まる。数秒後、充電完了を知らせるアラームと共に、ランプの色がグリーンに変わった。
 
「……これでまた一週間使える」
 スパナにコンタクトレンズを差し出され、ツナは一瞬ためらってから受け取り、片方ずつはめこむ。
 一度瞼を閉じ、深呼吸して気持ちを落ち着かせた。
 
「リボーン、──ただいま」
 
 呼びかけの声がスイッチとなる。瞼を上げれば目の前に、黒いスーツの元家庭教師が、長い脚を組んで座っていた──ちゃぶ台の上に。
 
『ちゃおっス、ツナ。今回は三日振りか?』
「うん」
「ちょっと、いくらホロでもウチのちゃぶ台の上に乗るのはやめてほし…」
「黙ってろスパナ。悪いけど上に上がっててくれるか」
 
 不服そうなスパナを退室させ、ふたりきりになると、ツナはコンタクトレンズから投影されたホログラムのリボーンをじっと見つめた。
 
『……どーした?』
 ツナの視線を受け止めて、リボーンは怪訝そうな顔を見せる。まるで、実際そこにいるように。
 ただの映像ではない。彼はツナの言葉を理解し、リアクションを示す。遠隔投影ではなく、映像自体が物事を捉らえ、処理する。
 コンタクトレンズはツナのスピーカー内臓の腕時計と連動しており、彼の声はそこから発されていた。
 
「リボーン……今回は、違うんだ」
『……』
「さよならを、言いにきた」
 
 ホログラムは、眉をひくりと動かした。実物と同じ微細な変化が、胸を詰まらせる。
 
「おわりにしよう、リボーン」
 
 それでも、もう迷いはない。
 
『……そうか』
 
 一言だけ呟くと、ホログラムは微笑んだ。見慣れた、不敵なものではなく、穏やかで柔らかいその表情を、ツナは以前一度だけ目にしたことがある。
 
「今まで、ゴメン。今度こそちゃんとするから。おまえを壊すから。おまえがもういないってこと……忘れる前に」
 
 コンタクトレンズ型自己思考ホログラムをスパナに作らせたのは、リボーンだった。彼とそっくり同じように考え、話し、動くように、プログラムさせた。
 動力を使い切るごとにホログラムはその間の記憶をメモリーとして更新し、再起動後も保持し続ける。
 ホログラムの最大連続投影時間は、一週間と限られていた。技術的にはそれ以上も可能だったが、リボーンはあえて期限付きの充電式にさせた。
 
「本当に、おまえはひどいよ」
『ひどい?何を言ってやがる』
 
 言いたいことを全部ぶつけなければ気が済まない。眼から溢れてきたものは流れるままにして、ツナは切々と訴える。
 
『やさしくしてやってるじゃねーか』
 
 苦笑い。ホログラムははじめて、彼らしくない表情を見せていた。
 
 これが優しさだとしたら、あまりにも残酷だ。
 ツナはゆっくりと彼に手を伸ばす。彼は動かない。ツナの指先がその頬に到達するのを黙って待ち受ける。
 しかしそれは彼の身体をすり抜けて、空を掴むだけだ。リボーンは、ぬくもりまでは遺してくれなかった。
 
 
「こんな置き土産だけ押し付けて、オレを置き去りにして。何度も、何べんも──」
 
 
 以前と同じように動き、語り、傍に寄り添う、けれども電池が切れれば消えてしまう。そうして繰り返し、ツナに思い出させるのだ。
 
 ──彼はもう、何処にもいないのだと。
 
 
 それはスパナの技術を借りて彼がツナに施していった、ささやかな魔法。
 
 生前厳しく扱いてきた事の意趣返しなのか、単にやさしさなのか、愛情……あるいは妄執なのか──確かめることはもうできない。
 
 

「リボーン」
 
 まだあと一週間分残っている。それでも、今、言わなければ──手放せ無くなる。
 
 

「ありがとう」
 
 
 そっと紡いだ別れの言葉を認知した瞬間、ホログラムは発光した。
作品名:Last Gift 作家名:_ 消