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シャングリラからかえれない

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 俺は焦っていた。足掻いても足掻いてもあの人に追いつけないから。まだ下剋上という確かな対象がいた方がやりやすかった。例えそれが自分があの人よりも劣っていると感じさせられても。
 俺はあの人に近づきたいだけだった。あの人のようになりたいだけだった。
 他の誰よりもとびぬけたカリスマ性に憧れ、そして従ってきた。だからこそ俺があの人を越えなきゃいけないと思った。部長である俺があの人に敵わなければいけない。もう、時間はなかった。
「跡部さん」
 俺は体育館から出てくる大勢の中であの人を見つけた。見つけたと言っても探していたのだから見つけて当然なんだろうけれど。あの人はやっぱり昔と変わらずに目立っていたから見つけるのにそう時間は必要じゃなかった。
 いつだって言っていたあの言葉を、あの人に告げた。
「んだよ久しぶりに呼び出したかと思えば性懲りもなく下剋上か」
「いいから黙って俺と試合して下さい」
 早く越えなければいけない。あの人を越えなければいけない。それは越えたいという願望なんかではなく、俺に与えられた使命だ。氷帝テニス部の部長として常に強くいなければいけないという使命だ。
 あの人のテニスを知っている人ならばきっと俺を見て頼りないと思うだろう。部長として役不足だと思われているのは何となく分かっていた。
 だからこそ焦りは消えるどころか半年経っても増すばかりだ。あの人と比べられるのが俺に取って酷く苦痛だった。あの人を越えなければいけないというプレッシャーが俺に押し寄せて、そして俺の中に劣等感を植え付けて行く。
「少しは成長してるじゃねえか」
「成長しないでどうするんですか。俺は部長です」
「まあそう言うな」
 そう言ってあの人を半年ぶりにコートに呼び戻した。今なら勝てるかもしれないと思った俺は馬鹿だった。あの人の強さは衰えるどころか、やはり俺を寄せ付ける事すらしない。完敗だった。
「貴方に勝てなければ意味がない・・・」
 あの人のように華麗で、人を惹きつけるカリスマ性のあるテニス、俺がずっと憧れ続けてきたテニス。俺がそうならなければいけない。俺があの人に付いていったように。付いて行きたいと思わせるような、そんな存在になりたかった。
 でも俺はなれない。あの人のようには、なれない。
「お前のモットーは何だ?まだ下剋上だとか言うんじゃねえだろうな」
 分かっている。分かっているんだ。でも俺はやっぱりまだあの人に下剋上したいと思ってしまうのだ。越えられないと分かっていながらも下剋上を望むのだ。
「今度はお前が下剋上される対象にならないと駄目だ」
 俺はあの人が言うようにそれを望んでいた。一年の頃から、ずっと。
 あの人に勝てる事で俺はそれを実現しようとしていた。でも結局は一度だってあの人に勝つことはできなかった。俺には下剋上されるよりも下剋上するほうが向いているのだろう。
 あの人の存在があったからこそ俺はここまで強くなれた。高みを目指すことが出来た。そんな王者がいなくなった、下剋上の対象がいなくなったテニスコートで俺は酷くちっぽけだった。無気力だった。喪失感で溢れていた。
「・・・・・・部長」
 俺はそう言ってしまった。やはり部長というのは俺の中であの人でしかないのかもしれない。
「何言ってやがる。部長はてめえだろ、日吉」
 あの人を追い続けてきた俺の瞳には大きな背中が映しだされる。今の俺はあの人の大きな背中と同じ背中をしているのだろうか。王者と呼ばれるに相応しい逞しい背中をしているのだろうか。あの人を追い越せるだけの器を持っているのだろうか。
「焦るな。乱すな。お前らしく、いろ」
 あの人が居なくなったテニスコートは俺を強くするだけでなく、酷く縛りつけて行く。
 今日卒業してしまった、跡部景吾というカリスマに。
「・・・・・・ありがとうございました」
 悔しさなのか寂しさなのか後悔なのか何か得体の知らない色んなものが混ざり混じった感情が俺の頬を伝い、緑色のテニスコートの上に落ちて行った。