深く、不覚、深く、
俺は無気力やった。今までが気力に溢れすぎとったんかもしれへん。そのツケとか代償とかが今の現状なんかもしれへん。
「なあオサムちゃん。なんで四天宝寺は高校あらへんの?」
普通中学の私立って高校もあるもんやろ。まあ何から何まで普通やないんがここの特徴でもあるんやろうけど。それでもこんなん何も嬉しないわ。何もかもすべてが、なくなるような気がしとった。
例えば俺が作り上げた部活の雰囲気やとか、信頼関係とか、友情とか、アホなこととか、俺が三年間で得てきた色んなものがなくなってしまうんやないやろうかって。
ちょっと生意気な後輩がおって、どうしようもないスピード馬鹿がおって、バカップルがおって、笑いのツボが案外可愛い銀がおって、ゴンタクレがおって、
――――このどうしようもないオッサンがおって。
「そんなん知らんで。作った本人に聞けや」
「聞いたら高校出来るんか」
最初はこんなオッサン信じてへんかった。微塵にも必要とはしなかった。せやけど気づいたら俺らと馴染んどったオサムちゃんがおった。いつからか俺らには欠かせない存在になっとった。
「白石。なんやお前らしくないやん」
俺は自分のこともっとクールで大人な男やと思っとった。せやけど全然それは俺にはふさわしくないただの幻想やった。今の俺はクールなんかとは程遠い、ただの駄々捏ねな子どもと同じや。金ちゃんみたいに。
「お前成績もええんや。俺なんかが言うんも変やけど、もっとええ高校行った方がええ」
進路志望の紙を配られた。俺は適当に家に近かった高校の名前をそのまま紙に書き込んだ。ほんで最後の蘭には「就職」て書いた。
「オサムちゃんこそらしくない事言うねんな」
俺は笑うて欲しかった。やる気のない俺を見て前みたいにゲラゲラ笑うて欲しかった。「ほんま適当やなあ。罰として一コケシやろ!おおやろ!」――――そんなオサムちゃんの言葉は聞かれへんかった。
「オサムちゃんだけは変わらんって思うててんけどなあ。やっぱ皆と同じなんやな」
「・・・・・・何言うてんねん。俺の何処が変わったちゅうねんな」
「謙也も変わってもうた。財前も気色悪いくらい素直になってもうた。銀はお喋りになった。何かが変わってしまうんやないやろかて、そんな事ばっかり最近思ってた」
やがて必ず訪れる別れを受け入れたくなかった。別れにぎこちなくなっていく回りの人間を見ることで余計にその焦りは増していく。
せやからオサムちゃんにはそのままでおって欲しかった。俺の最後の砦やった。あのオジさんだけはきっとそのまま変わらんのやろうっていう、砦。
気付いた時にはオサムちゃんは俺の心の中に深く入り込んどった。食い込んで取りだすのが難しいくらいに深く、深く。
「せやからオサムちゃんには変わって欲しくないんや。アホな事言うて俺を笑かしてや。こないな難しい顔で正論言うんやなくて」
なんかせいやオサム。笑わかしてやオサム。ええから早くなんかやってえな。
「アホ。やっぱり白石アホやわ」
なんで笑うねん。オサムちゃんが笑うんやなくて、俺笑かしてくれな意味ないやん。
「何も、誰も、変わらへんわ。部長肩に力入りすぎやで」
そんなん分かってる。オサムちゃんに言われんでも分かっとるっちゅうねん。せやからほんまに腹立つんや。オサムちゃんなんかを頼ってまう自分に腹が立つんや。
「今は取りあえず見てない事にしたる。せやから泣け。全力でな」
煙草臭いコートに包まれて俺は泣いた。あれだけ嫌いやった煙草の匂いが今だけは不思議と俺を落ち着かすように柔らかく漂っていた。