闇が舌なめずりをする。
闇が舌なめずりをする。
「こんにちは」
「・・・・こんにちは」
壊すのは簡単なのに、直すのはとても難しい。
(どうして?)(なんで?)(どうすればいい?)
疑問はつきない。それでも僕は元通りに直したかった。その為なら何だってしようと思った。あの日が戻るなら、何を捨ててもいいと思った。嘘じゃない。本当にそう、思ったんだ。
「だから、私の手を取ったんですか?」
「僕が持つ選択肢の中で、一番最善で、一番近道だったから」
最初に四木と名乗った男は笑った。どうしようもない子供を嘲笑うように。実際そうなのだから、反論する気持ちは起きなかった。節ばった指が日に焼けていない肌を意志を持って辿る。ぞわりとした感覚に背が浮き上がる。男が「いいね」と喉を鳴らした。
「気紛れもたまには起こすものですねぇ。こんな拾い物ができるんだから」
「気紛れ、ですか」
「ええ、そうですよ」
「なら、僕は、とても運が良かったんですね」
ぽつりと言うと、男は珍しく表情を崩して、そして声を上げて笑った。先みたいに嘲笑うわけではなく、心の底から楽しそうに。
白い肌を辿った指が、顎を掴み、引き上げる。感情の読めない、けれど獰猛な光を宿した眸に、射抜かれた。
「本当に、いい拾い物をした」
目を閉じる。後は闇に喰らい尽くされるだけだと知っていた。望んだのは自分で、選んだのも自分だ。これで、あの日に、直せるなら、
(でも、)
焼けつくほどの熱に身を投じながら、想う。直したら、全部が元通りになったら、自分は戻れるのだろうか。闇が浸食する熱を覚えた身体は、本当にあの日に戻れるのだろうか。
(戻れなかったら)
そう想って、初めて感じる焦燥。自然戦慄く唇を見咎めた男が、うっそりと告げた。
「心配しなくても、竜ヶ峰君の場所は用意しておきますよ」
闇が舌なめずりした。
作品名:闇が舌なめずりをする。 作家名:いの