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ナイトフィッシングイズグッド

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雨にうたれて伊達を待ちながら、ふと思ったことがある。いつかどこだったか、遠い昔にもこうして雨の夕暮れに誰かを待っていたことがあったような気がすること。そうして、空に向けて口を開いてその雨粒を飲み込んだこと。その雨粒を落とす分厚い雲の中に、雷がバリバリと閃くのを想像したこと。……傘を持った伊達の姿に、なにかが重なってすぐにかき消えてしまったこと。
 伊達は携帯を肌身離さない代わり、なぜだかとんでもないところに真田を置いて行ってしまうことがある。今日もそうだった。出先の公園で、遅い弁当を食べ、メールとウェブを確認し、そうして家にいるときのようにかたわらに真田を置いてそのまま公園を出て行ってしまった。空の雲行きが怪しくなってゆくのを、真田はぼんやりとベンチに座りながら眺めていた。天気予報を検索すれば、午後四時からの降水確率は六十%を超えている。
 赤い、自分のてのひらをじっと見る。見る間に雨粒で濡れてゆく。防水加工のなされた外装はつるりと水滴を弾いて、真田の思考の邪魔をすることはない。しかしなぜだかおかしなことを考えている。真田は携帯電話だ。記憶装置の一番古いデータの日付はもちろん伊達が真田を購入した日であり、それは二年前のことである。それ以前のデータはない。もう一度、真田はてのひらを見る。素早く演算を行うためのてのひら。だがそのてのひらがなにか別の機能を持っていた日があったような気がする。例えば、先程記憶装置に浮かんだ光景。
 雨にうたれて誰かを待っている自分のてのひらにはなにかが握られてはいなかったか?
 真田のCPUはそこで機能を停止させてしまう。記憶装置にはなんの痕跡も残らない。自分のからだが少し発熱していることに気づく。頬に降りかかる雨の冷たさが心地よいと思う。目をつぶり、空に顔を向ける。口を開けてその雨粒を飲み込む。ぶるりとからだが震えた。片倉からの着信だ。おそらく伊達が、真田を紛失させたことに気づいたのだろう。設定された着うたをくちずさみながら、その歌詞についてCPUが働きかける。なにもかもを忘れてしまう、それ以前に、俺は、なにもかもを覚えていない。……またCPUが止まった。真田はもう一度着うたを繰り返し口ずさむ。向こうから伊達が傘を持って走ってくる。
 ……雨が嫌いじゃないって、なんかおかしくね?隣を歩く伊達がそう呟いて、くくっと肩を揺らせた。そうですかな。だってお前機械じゃん、いくら防水だからってさ。まだ濡れてる、そう言って伊達がハンカチで真田のこめかみをぬぐう。真田はそれにならって目をつぶる。まぶたの裏に雷がバチバチと閃く。青い雷光。重たい雲から走ったそれは地表に落ちて、あたりがかっと明るくなる。そうしてその光を背にして誰かがそこに立っている。雨は嫌いではない。雨の日にこうしてまぶたを閉じると、記憶装置にあるはずのないこの光景が閃いて、真田のこころをぎゅっとしめつけてゆく。