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SELFTIMER

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人の名前を一は覚えられない。友人だろうと他人だろうと、数年来の付き合いの人間でも、何度出会っても、一は覚えられない。
 誰かに会う度に少しずれた名で呼びかけ、正されて、顔は覚えているんだけどと申し訳無さそうに言うその唇が、正しい名前を紡ぐことはめったにない。

 一の記憶力は少し、異常だ。
 本当は名前だけでなく、人間そのものを少し会わないだけで忘れてしまう。知人も、親戚も、恋人ですら、忘れてしまう。
 翼は苦虫を噛み潰したような顔をして、これまでに一が付き合ってきた恋人達のことを考えた。
 一のことを優しいと言って近付いては勝手に傷付いて去って行った女共のことを思うと反吐が出る。一が優しい? なんて夢見がちで馬鹿なメスブタ共。
 別段一は優しいわけではない。何をされても大抵のことを一は覚えていないだけだ。許すも許さないも、記憶がないのだからどうしようもない。
 同様に女が語った想いや趣味嗜好も一は忘れてしまう。思い出や記念日を覚えてはくれない。会う度に名前を間違える。それに耐えられなかったのは誰だ。許せなかったのは誰だ。酷いと残酷だと醜く罵って、その一瞬、確実に一を傷付けたのは誰だ。
 何を言われても、どんなに傷付けられても暫くすれば一は忘れてしまう。だけど、一が忘れても翼は覚えている。長い爪で引っかかれ、薄く血の滲む頬を押さえながら、ヒステリックに叫ぶ相手を宥めるように、ごめんなと笑ってみせた一の瞳がひどく悲しげだったことを覚えている。翌日には頬の傷だけ残して傷付けられた本人はけろりと忘れてしまうとしても。

 一の記憶はどんどん消えてしまう。物忘れなどという生易しい表現では足りない。
「そのlimitを俺は知らない」
 翼は一の記憶力の限界を確かめたことはない。何日、何週間、何ヶ月、何年会わなければ一の記憶から存在が消えてしまうのか。
 期限を知ってしまうのは恐ろしいことだった。なんらかの事故や事件により一の前に姿を現せなくなってしまった場合、あらゆる手を、持てる限りの財力を使ってもどうにもならなかった時、期限を知っていたとしたらその瞬間まで一の記憶から消えていく自分をじりじりと、無力にも認識しなければならないなんて、考えるだけで気が狂いそうだからだ。

 一は自分の興味のあるもの、動物のことならいくらでも覚えられるのに、こと人間が相手となると記憶を維持することが出来ない。
 ある一点にだけ、特化しているのならば救いはあったのかもしれないと翼は思う。大好きな動物のことばかり覚えていられる記憶力だけしか一が持っていなければ。それ以外の何ひとつ満足に出来ず、サッカーの才能だってなければ。
 たとえば何も持っていなければ、何も出来なければ、何処にも行かせず、一の好きな動物をいくらでも用意してやって、望むものを全て与えてやるのに。それが出来るだけの財力はあるのだから。
 だけど一はそうではなかった。
「Italy…」
 自家用ジェットから降り立った翼は強い日差しに目を細める。
 イタリアリーグに行くのだといとも簡単に言ってのけて身ひとつで日本を経った。帰国した時に他の全てを忘れてしまっていても怖くないのかと問うことは出来なかった。

 一の背にこそ翼がある。飛んでいってしまう。
 何一つ覚えていられないくせに、またなと笑うから、当たり前のように次を約束するから、だから翼は無理矢理に次に会う機会を作る。作り続ける。
作品名:SELFTIMER 作家名:東雲