深爪
ふと視線を横に向ければ八墓が打ち込んだのであろう藁人形。掠れた字で「雷門」と書き殴られたそれを見て、仮面の下で自虐的に口の端を吊り上げる。
FF地区予選、二回戦で敗退してしまった今となってはその効果すら分からない。
反則技を使われていたとはいえ、負けは、負けだ。どうせ出場最弱チームと舐めてかかった自分達が甘かったのだ。あの藁人形には「秋葉名戸」と書くべきだった。それこそ、今となってはもう遅い事だが。
「十三」
名を呼ぶ声に振り向けば昨日引退したばかりの魔界先輩が立っていた。
この暑い日に汗の染み一つ無いつぎはぎだらけの白い布は風を受けて裾がぱたぱたとはためく。
制服でもユニフォームでもない、私服の彼を見るのは久しぶりで、引退したという事実を、もう共にサッカーをすることが出来ないという事実を再認識する。
「先輩、暑くないんですか」
答えなんてどうでもいい。鼻の奥がつんとする感覚を誤魔化す様に、他愛ない話を振った。
じりじりと焦がすような日差しが彼の肌を刺すのを見る。
「お前がそれを聞くのは二度目だな」
一度目は去年、準決勝で地区予選を敗退した時。あの時は梅雨の切れ間、気紛れのような雲一つ無い青天で、早とちりした蝉が鳴いていた。
「ワンパターンだな、十三。泣きたいときは素直にそう言えばいいのに」
分かったようなことを言って、彼は一歩此方に踏み出して俺と同じ影に入る。
先輩はすっと手を伸ばして、深爪の指が仮面と肌の継ぎ目を辿る。
ひやりとしたその感触に、昨日流す筈だった涙がほろりと自然に零れた。
「高校で、待ってる」
また俺の背中を守れよ。そう言って、先輩は俺の白い仮面に口付けた。
―――
「これ……キスなんですか?」
「……キスだろ…一応」
気まずそうに視線を反らす魔界先輩の様子に吹き出して、鬱蒼と葉の茂る空を仰ぎ二人で笑う。
絡ませた指にぎゅうと力を込めて、俺は2年後の夏に思いを馳せた。