ある放課後の会話③ ~完結~
ぴぴぴ、とメールの着信音がボロアパートの中に響く。
一歩間違えればボロアパートの薄い壁越しにその音を隣の部屋へと轟かせているだろう
だが、少年はそれに対してお咎めを受けたこともなければさほど音でトラブルになったこともないので
長い長い携帯の着信音を意図してかそうでないのか無視したまま無表情で天井を見つめていた。
それは届いたことを主に知らせるように飽きずにそれを響かせる
感情もなく、ただそれが当たり前のように…
少年は同級生である園原杏里と後輩である黒沼青葉と別れた後、真っ直ぐアパートに帰り疲れが一気に出たかのようにぐったりとした表情でベットの上に背中を預けた。
少年はその理由がなんなのか、なんとなくわかっていた。
恐らく今日一緒に下校した無邪気な後輩の相手に疲れたからだろう。
全て後輩のせいにしているわけではないが、大半がそうだ
ここ最近、少年は後輩に振り回されている気が気でならない
始めはそう、少年が好意を寄せている園原杏里と下校中に後輩に自分も混ざってもいいか声をかけられ、それから共に帰る日は除除に増えていき
気付けば後輩にあたる青葉は昼休みの時間など、時間があれば少年の前に現れる。
帝人にとって青葉は嫌いでもなければ親友である正臣並に信頼関係を持っている仲でもない
ただ同じ高校に通っていて、ただ相手がダラーズに入っていて、ただ自分をなぜか慕ってくれる
ただの「後輩」
そんな存在であった
それを崩したのは青葉が帝人と杏里の間に除除に入り込んでいき、エスカレートしていっているように帝人が感じてからだ。
帝人は考える。
なぜ、青葉が自分に積極的に関わろうとするのか
きっかけはそう、入学式の日、青葉が余所余所しくも帝人に声をかけた時だ
会話の中でお互いに自分がダラーズだということを知り、それを秘密にしておいてほしいという帝人の頼みに青葉は交換条件をつけて
池袋の街を案内した…いやしようとした
そこでたまたまトラブルに巻き込まれてしまい、結果杏里と青葉を危険な目に合わせてしまった
帝人は自分のせいで巻き込まれてしまったと、当時の帝人は1人で自分を責めていた。
青葉はそのショックで恐らく自分を避けるだろう、それはそれで仕方がないことだと思ったのだが、予想外に青葉は何事もなかったように帝人に声をかけてくる
帝人はそこで青葉はダラーズの熱狂的なファンで、ダラーズの創立者と自分が深い関わりがあるのではないかと睨み、だからこそあの最悪の事態の後も
こうして絡んでくるのかもしれないと思った。
だが、今、青葉との距離感を帝人はすぐにどうにかしたいなんて思ってない、この疲れも寝て一日身体を休ませればそれで済む
青葉は自分を異性になんの躊躇もなくアピールできる相手だ
青葉に彼女ができたってなんら不思議でもない、なぜ自分に懐いているのか推測でしか理由はわからないが、自然と自分に飽きていき離れていくだろうと思っているからこそ
すぐに解決しようと思わない
「三日坊主って言葉もあるしね」
この場の空気には少しズレた言動を無意識か、帝人はぽつりと漏らす
そこで思考は変わる
ダラーズ、黄巾賊、斬り裂き魔、首なしライダー、敵に回してはいけない男、矢霧製薬、この一年
帝人が親友に誘われ池袋に来てから望んでいた非日常的な出来事にいくつも遭遇した
帝人とにとっては上京する前は想像もつかない出来事だ
だが失うものもあった
親友である正臣、彼が池袋に誘ってくれなければ帝人は今頃ただ平凡に田舎で地味に高校生活を送っていただろう
天井に親友と出来てしまった深い深い溝が生まれるまでの出来事がうっすら映る
園原さんは……きっとまだ人には言いにくいことがあるんだろうな、正臣は……なんで黄巾賊の集まりに喧嘩を売りに行っていたのかはわからないけど
きっと時期がきたら、僕達の元に戻って話してくれるよね。
帝人は瞼を閉じ、少年と少女と三人で楽しく過ごしていた日を懐かしむように僅かに頬を緩める
それは少年はきっと自分の都合のいいように全部思おうとしていたのかもしれないし、本当にそう思っていたのかもしれない
そして次に少年が口を開いた言葉はそれは似つかわしくない言葉だった
あるいはそれが少年の平凡な日常に幕を引く合図だったのかもしれないし
合図はもっと以前から幕を引いていたのかもしれない
「二人が戻ってきたら、今度こそいい街であるようにしないとね」
少年の口元は笑っているように見えるし
悲しんでいるようにも見えた
そこで帝人は初めて携帯を手に取りメールをチェックする
受信先は黒沼青葉、帝人が今あまり近寄りたがい存在だ
Subject:さっき杏里先輩と
偶然、会いました。たまたま杏里先輩の家の方面まで用事出来たんで
行ってたんですけど、まさか杏里先輩に会うと思いませんでした。
あ、別に口説いたりしてないので安心してください☆
それだけです、先輩、明日は絶対ゲーセン行きましょうね!
メールの内容を流し読みで軽く目を通した後、既に窓の外は夜に暮れていた
それは帝人が疲れていたからそう言ったのかもしれないし、違うかもしれない
画面が暗くてはっきり内容を理解していなかったからか、いたのかもしれない
竜ヶ峰帝人は静かに静かにその言葉を呟いた
「青葉君…本当はダラーズのこと、詳しく知っていて、もう僕のことも調べ付いているのかもしれないね」
普段の少年だったなら、後輩のメールの返事になんて答えていただろう
作品名:ある放課後の会話③ ~完結~ 作家名:島安