傾国の雨
「…っあ、ああっ」
撓る喉。赤い瞳から雫が落ちる。痩せたプロイセンの身体を引き寄せ、日本はひたすら穿つ行為に没頭する。交わっている間は、この不快な暑さも忘れられる。プロイセンは滑る床に爪を立てる。ハタハタっと白い体液が床を汚すのに時間は掛からない。一瞬の緊張と身体の奥を焼いた快感に身体は弛緩し、果てる。ずるりと中から融けていたものが引きずり出されるのを惜しいと思う気持ちと、異物が抜けていった安堵が身体を支配する。ぬるぬるする床にそのままへばって、プロイセンは息を吐いた。
「…いきなり、さかるなよ」
「すみません」
文句に謝意。じろりと睨むように視線を上げれば、上気した頬に黒髪を張り付かせ、着物を乱れさせた日本がいる。その向こう側、自分が小一時間前まで身に着けていた投げ捨てられた下着とジーンズが見えた。それを拾って身に着けようとは思わない。腰は怠いし、動けば更に床を汚しそうだ。
「…で、どうしたんだよ?」
「…何がですか?」
唐突な問いかけに、日本は首を傾ける。プロイセンは上半身を起こし、日本の頬に張り付く黒髪を払った。
「いつもと違ったからよ」
「……何が違いました?」
「…お前、いつもはしつこいくらい、前戯してくるだろ。今日は違ったから、だな…」
言葉を濁す。いつもの余裕はなく、身体を求められて、それが縋られているようで、抵抗は出来ずにそのまま、プロイセンは日本に抱かれたのだ。
「…痛かったですか?」
それに日本は申し訳なさそうな顔をする。プロイセンは息を吐く。
「肘と膝が痛ぇ」
暴かれた場所は慣らされずに穿たれたものの、慣れもあってかそんなには痛まない。疼くように熱っている。まだ足りないという欲求を飲み込んで、睨めば日本は身を竦めた。
「すみません」
そろりと赤くなったプロイセンの膝を日本は撫でる。それにプロイセンは視線を緩め、日本の頬を指先で撫でた。
「謝るなよ。…で、どうしたんだ?」
やさしい声で尋ねられ、抱き寄せられて、日本は目を閉じる。胸に詰まっていた何かが、喉を吐く。
「…この時期になると、憂鬱になるんです…」
「まあ、こんなに雨が続けば憂鬱になっても仕方ねぇんじゃね?」
「……憂鬱で憂鬱で仕方がなくって、どうして、私は、ここにいるんだろうって…私を置いて、皆いなくなってしまうのに、何で私だけはここにいるんだろうって……っあ、」
心情を問いただされるがまま口にし、しまったと言う顔をして、口を塞いだ日本をプロイセンは見つめ、笑んだ。
「……そりゃ、皆、思うことだ。俺だけじゃない。他の奴も…大事な人を失った国はそう思うぜ」
「…すみません」
「先から、謝ってばっかだな、お前。そんなんだから、雨が止まねぇんだよ。笑え」
ぐにっと日本の頬を摘む。それに日本は顔を顰め、プロイセンを見上げた。
「俺がここにいるから、お前がいるってことにしとけよ。俺の存在理由はお前の為ってことにしといてやるから」
自分の居場所はまだここにある。自分をこの男が必要とする限り、自分はまだこの世に留まることが出来るだろう。プロイセンは日本の頬を撫でた。
「…そうですね」
まだ、失いたくない。あの世になど逝かせてなるものか。…繋ぎとめておく為ならば、きっと手段すら選ばない。それで、自分の身が滅ぶことになっても、それはそれで本望だ。…そう思う自分は何と、傲慢なことか。この恋で身を滅ぼし、国を傾けるか。
「…師匠は傾国の美女ですねぇ」
大陸のかの美女は王朝ひとつ、国をその美貌で傾けた。容色に溺れ、その身体の虜になって為政者はただの男となって、政治を省みることはなくなり、滅ぼされた。
「美女って、俺、男だぞ?」
訳が解らないと言う顔をして、プロイセンは日本を見やる。日本はそれに笑みを返す。
「…自分が「国」だと言うことを忘れて、あなたに溺れてしまえたらいいのに」
溺れ、虜となった王は滅ぶその瞬間、何を思ったのだろうか?…溺れたことを悔いたか、いっそ本望と思ったのか…。日本はプロイセンの頬を撫でる。頬を撫でた指に、プロイセンは赤を細め、笑んだ。
「…一緒にいる間は、忘れて溺れとけよ。でも、国は傾けんなよ?」
「はい」
誘うように開いた唇に、日本は己の唇を重ねた。
雨はまだ、止みそうになかった。
おわり