FEAR!!
ありえねぇ。
折原臨也は、いま身の上に起こっている非常識な現実に盛大に毒づいた。
背中にはビルの壁。細い路地の隘路に入り込んで、臨也は追い詰められる格好だった。
――ここまでは、まあ、まだ常識の範疇である。
だが、視線だけを横に逸らしてみれば、顔の真横に標識のポールが突き刺さっている。
コンクリートに網目のような細かいヒビを走らせて、まるで間違った場所にいるのを恥じるようにそれは不安定に揺れていた。その先にある二人の子どものシルエットで作られた『横断歩道』の青い標識が場違いに長閑である。
そしてその向こうには、細身のサングラスをかけたバーテン姿の男が泰然と佇んでいた。
標的を袋小路に追い詰めて、なのに笑みの一つも見せず全身から怒気を漲らせて―― いっそ空でも飛んで逃げたい気分だった。
大抵の場合、臨也のポジションは彼のそれだった。
怯える獲物に哀れみの目を向けて、最後の言葉をかけてやるのは臨也のはずなのだ。なのに、あろうことか逆の立場に甘んじるとは。
ありえねぇ。
目の前にいる歩く非常識をきつく睨みつけて、臨也は舌打ちをする。
彼は臨也を目にするや、道路の脇にコンクリートで根締された標識を、根元からへし折り鷲掴んで追いかけてきた。挙句、それを投げつけたのだ。暴挙を超えた暴挙である。
あと数センチずれていれば、今ごろ臨也は顔をぐちゃぐちゃに潰されて死んでいただろう。
現実を認識して、はたと自分が震えていることに気づいた。
呼吸がひどく速い。
なるほど、と臨也は得心した。
それは臨也にとって、知識としてあるものの未知の感覚だったからだ。
何かもう、色々なものをすっ飛ばしてふつふつと可笑しさが込み上げる。だから、大げさに身体を曲げて、そのとおり笑い声を上げた。
これが死の危機に晒された高揚か。
「ほんっと、シズちゃんはサイコーだなぁ! てか目敏すぎ! あっ、実はオレセンサーとかついてる?」
いつも熱烈歓迎ありがとう!そんな風に、挑発するように唇を笑みの形に吊り上げて、わざとらしいウィンクをおくる。
この後に及んでの臨也の減らず口に、シズちゃんと呼ばれた男は獰猛に牙を剥いた。
臨也はゆっくりと近づいてくる男から目を逸らさず、袖口から自分の手に馴染んだナイフを取り出した。
ああこれだから、平和島静雄は面白い。
なにせ、この俺に恐怖を抱かせるのだから。