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別に地位が欲しい訳じゃない、名誉が欲しい訳じゃない。
ただ銃が持ちたかった。それだけだ。
普通に生きていればそれを持つのはかなり難しい。
だから普通じゃない世界を求めた。
求めた先に行きついたのがここだった。
それだけのこと、それ以上でも以下でもない。

「あれ、見たことない顔だ」

旅館の脱衣所で掃除していると黒いスーツの男が入って来た。
この旅館の利用者でかっちりと着こんでいるような奴は
大概構成員だ。それはわかった。
けど名前までは分からない。なんせ構成員の数は多い。
いちいち構成員の名前なんて覚えていられない。
全部把握している奴なんて、いるわけが、あ、いるか。
あの上司なら全員の顔と名前が一致していてもおかしくはない。

「もしかして旅館のバイトさん?」
「一応、構成員ッスけど」
「へぇ。でもこんな時間にバイトしてんの?」
「まだ下っ端ですから」

無意識に敬語を使っている自分に腹が立った。
こいつだってスーツを着ていても昼間っから風呂に来るような奴だ。
そんなに階級が上でもないかもしれない。
そう思ったが、口から出るのは中途半端な敬語ばかり。
雰囲気で察していたのかもしれない。
この男が自分なんかよりもずっと"らしい"空気を持っていることに。
それは、旅館のバイトをしている今の俺なんかには無いものだ。

「大変だな、下からの出発って」

からからと無邪気に笑う男の発言からして、
こいつは俺のように最下層スタートではないことが伺えた。
ということは既にCかBくらいのランクにいるのだろう。
まだ実行部隊にすらない俺には未知の世界で。
その世界の住人が今、目の前にいる。

俺が組織に入ったのは銃が持ちたかったからで。
別にこの組織で偉くなりたいとかそんな気持ちはなかった。
ただ銃を持ち歩けるような立場になれればそれで良かった。

でもどうしてだろうか。
その気持ちが今、変わり始めている気がした。
目の前のへらへら笑う勝ち組の人間を、
上から見下してやりたいという願望が生まれた。
出世街道をぐんぐん上っているのだろうこの男の
心底悔しがる顔を拝んでやりたい。
そう思うほど、男の笑い顔は癪に障った。

後にその男が"エリート組"と呼ばれる
エリートの中のエリートだったことを知ることになるが、
この時の俺には知る由もなかった。
ただこの組織の中ででかくなってやろうと。
初めて目標みたいなものを掲げたのであった。

「つか、風呂入りたいんだけど、いい?」

表の札を見ろ。まだ入浴時間じゃねぇよ
作品名:時給980円 作家名:しつ