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秒殺笑顔

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笑ってる。
それを少し離れたところで見ているだけの俺。
まだ笑ってる、涙目になるまで。
とても楽しそうでなんだか近づけない俺。

だって俺なんかが話しかけて、その笑顔が歪んでしまったら。
どうすればいいかわからないじゃないか。
だから良いんだ。遠くからその笑顔を見ているだけで。
彼が幸せならばそれで。それでいいじゃないか。

俺は、そんなことをさらっと言えるような、できた人間じゃなかった。

かといって、彼を幸せにできるような自信もない、ただの情けないダメ人間だった。

思わず泣きそうになったのを隠すために、わざとらしく鼻をかんだ。
その行動すらどうしようもないくらい情けなく感じて、重く息を吐いた。
適当に丸めて捨てようとゴミ箱の方を見ると、定位置にそれがない。
不思議に思ってあたりを見回したが、なぜか見当たらない。
俺はゴミを片手に呆然と立ち尽くしてしまった。

「りおう!」

先ほどうらめしく見つめていた方向から声高に呼ばれた。
驚いて振り向くと顔全部を使って笑っている準サンがいる。
最近じゃ仏頂面か無表情しか向けてくれなかった彼の、飛び切りの笑顔だった。
あまりの極上のそれに赤面しそうになったが、隣の人物を見て胸が痛くなった。
幸せそうな顔した準サンの隣には、和さんがいて。
彼の幸せはあの人が作っているということが身にしみた。

痛み出した俺の心臓をよそに、準サンは消えていたはずのゴミ箱を掲げる。
どうやら彼が椅子代わりに座っていたらしい。道理で見当たらないわけだ。
ゴミ箱を持ち上げて指を刺している準サンを見て、やっと気が付いた。
どうやら俺の手に持っているゴミを投げろ、ということらしい。

結構な距離があったのでキレイに入るかどうかは微妙なところ。
そんな何ともいえない長さが何かを彷彿させる。
俺はちょっと苦笑いして、ピッチングを真似てゴミを投げる。

届けば良いな、いいや届かない、でもわからないじゃないか、でも、でも・・・

一瞬の出来事の中でぐるぐると思考が巡った。
そうして投げた第一球(一球で終わりだが)は、大きく上に反れる。
妙に空回っているようなこの投球に俺自身だな、なんて冷静に分析していた。

床に寂しくゴミが転がり、下手くそ!と準サンから喝が入る。
・・・のを予想していた。
だけど俺の投げた球は、わざわざ背伸びしてくれた準サンの持つゴミ箱に収まった。
呆然とその様子を眺めていると、和さんがにっこり笑って手を叩く。
準サンは一度だけ和さんを見て照れくさそうに笑って、すぐに俺の方を見た。


「ナイピ!」


親指を立てて、頬をちょっと赤く染めて。
こどもみたいに無邪気に笑う彼が、



『どうしようもなく、いとおしい』




「・・・ナイキャ、」

俺は高鳴る心臓と、湯気でも出そうな頭を押さえ込むのに必死で。
もうそれ以上顔を上げることなく俯いてしまった。
作品名:秒殺笑顔 作家名:しつ