暑い
特にやることもない休日。旅の後は決まって気が抜けるからあまり好きではない。
ベッドの上で先ほどから読書を試みようとしているが、どうにも捗らない。
うだるようなこの暑さが集中力をどんどん奪っているせいだ。それ以外に何がある。
じっと座っているだけで汗が出る。窓は開いているが風はない。
埃の被った窓際の風鈴が、何時間も沈黙を保ち続けている。
俺はとうとう諦めて本を閉じ、冷蔵庫まで足を運んだ。
ばっくりと口をあけたのはがらんとした中身。
ずっと旅をしていたので忘れていたが、まともに買出しをしていなかったらしい。
買い物に行かなかったのは自分の責任だが、どうにも腹が立ってきた。
やりきれない怒りをこめて扉を閉めたが、少しの腹いせにもならなかった。
冷蔵庫の冷気が遮断されると、また熱のこもった空気が充満する。
思わず重いため息をついてみても、風鈴は鳴らない。
これならばまだついこの間までいた未開の森のほうが涼しい。
太陽の下に晒されても、木陰はあったし風も吹いていた。
これだから都会はいけすかない。まだ鳴らない風鈴を睨みながら思う。
何だか全てに怒りを覚え始めた頃、睨んでいた風鈴ではなくチャイムが鳴った。
面倒なので居留守を使おうと思ったが、チャイムは止まなかった。
近所迷惑になるんじゃないかと思うくらい鳴り続け、観念して玄関まで足を運んだ。
無言で扉を開けるが、数秒後にその行為を深く後悔することになった。
「いやー、今日は随分と暑いねー」
その顔を見た瞬間、反射的に扉を閉めたがそれよりも早く足を挟まれた。
閉まりきれなかった扉の隙間から、ついこの前まで共に漂流していた作家の顔が見える。
「何で閉めるかな、軽く傷ついた」
「いや、なんとなく・・・」
「相変らず冷たいな、いいもの持ってきたのに」
情けなくも、掲げられたスーパーの袋に入ったものに釘点けになった。
そんな俺を見てフヒトさんは勝ち誇ったように口の端をにやりとあげる。
すでにペースはこの人のものになっている。この自然すぎる流れが気に食わないのだ。
「どうせ買出ししてないだろ?暑い日はやっぱビールだよなぁ」
酒のつまみを袋から出して見せられ、俺は無言で扉を開ける。
扉が全開になると、部屋の奥から風鈴がちりん、と鳴ったのが聞こえた。
もう遅い、と心の中でそれに悪態をつきながら、この暑さよりも面倒な客人を迎え入れた。