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星を埋めるように

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 息苦しくなるばかりだと思う。
 例えばとりどりの色彩に満ちた雑踏の中お前の姿を探したり、擦れ違う人の声が紡ぐ懐かしい響きに思わず振り向いてしまったり。

 
 
 今では確かめる術もないけれど、その時俺達は互いに同じ気持ちでいた筈だった。ただそれは明確な形を持たない靄のような漠然としたもので、伝えようにも俺は適切な言葉を持たなかった。
 それは今振り返ってもやはりはっきり何とは説明できない想いで、だけどあの頃はそれだけで窒息しそうなくらい、胸を占めていたものでもあった。
 千石の方では、もしかしたら知っていたのかもしれない。躊躇い続けてついにはどうにもできなくなったそれが、一体何だったのか。
 俺は薄氷を踏むような気分で答を手繰り寄せようと必死だったけれど、あいつの方ではいつもはぐらかすばかりで、核心の鼻先まで迫ってもそこでひらりとかわされてしまう。
 拒んだのは千石の方に違いなかった。でも、怯んだのは俺の方だった。
 
 

 部誌を書く為に最後に部室に居残るのはいつも俺だった。ほんの少し前までは東方と、千石と、三人で駅まで向かっていたけど、その頃東方には彼女ができて、滅多に一緒に帰らなくなっていた。
 その日の千石はいつにも増して着替えるのが遅くて、着替え終わってもやたらぼんやりしていた。示し合わせたわけでもないけど、俺達は自然にふたりで帰るようになっていて、その時だって千石は暇を持て余しながら俺を待っていたのだと思う。だけどいつも交わしている他愛ない会話さえなく人形みたいにじっとしていて、俺は知らないところで何かあったのかと憂いてちらちら千石の様子をうかがっていた。
「なぁ、南」
 やや俯いていたあいつは、唐突に顔を上げ、俺からは死角になっている隅から何か掴んで前に突き出した。
「これ、吸ってみない?」
 いきなり視界に入ってきた物体に焦点を合わせ、心臓が止まりそうになった。それは、運動部の部室に決してあってはならないものだった。
「どうしたんだ、それ!?」
 気が動転したせいもあって勢い立ち上がった瞬間、座っていたパイプ椅子が派手な音を立てて後ろに倒れた。そんなこと、どうでもよかった。
「亜久津が忘れていったみたいだよ」
 そう言う千石は悪戯好きの子供のようにも見えたけど、あまり本気そうではなかった。俺をからかって驚かせることが目的だったんだろう。
「何言ってるんだ」
 俺はそれを冗談として流すことは出来なくて、千石の手から取り上げようとした。正直呆れる気持ちの方が強かったのだ。それは関東を控えた大事な時期で、今はいない奴の置き土産の為に出場停止になるのは真っ平だった。
 頭の中は大会のことばかりで、だから真っ向から見据えなきゃならなかったものを、その一時の千石を、見ていなかったのかもしれない。見落としたのかも、しれない。
 千石は俺の手から逃れると、箱から一本抜き取って、これみよがしに一度俺に目を向けてから、ライターで火をつけた。見た目に反してそれほど不良ってわけでもない千石は当然煙草初心者で、煙の取入れ方も吐き出し方もまるで知らなかった。内側を浸蝕しようとする異物を受け容れることのできない子供で、それは俺も同じだった。何から何まで踏ん切りがつかないのは、お互い様だったんだ。
 
 激しく咳込んで目に涙を滲ませながら、千石は苦しそうに笑う。指の隙間から取り落としてしまっていた吸い殻をそれでも無視せずに拾い上げ、周到に用意されていた灰皿に押し付けた。小火にでもなればよかったのだと切実に思う。落とされてもしつこく燻っていた火が呆気なく揉み消されて、残り香だけがいつまでも漂っていた──あの日に俺はその感情に名前をつけようとする事を諦めた。


(07.11.25 - サイト再録)
作品名:星を埋めるように 作家名:_ 消