笑い方を教えて
つまりはすべて残酷なやさしさの延長線。
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差別とか偏見とか、心が狭いとか頭が固いとか、そういう理由ならばもしかしたら覆せるかもしれない。けれどこれは、そういう事じゃない。もっと根本的なところで絶対的に駄目で、それは一から十まで気持ちを伝えたり、説得したりしたってどうしようもない。
要するに、だ。生まれる前から決まっている当たり前の事として、地球を逆回転させるなんて不可能で、南にとってそれはそのぐらいの事なんだろう。
ひょっとしたら無理じゃないかもしれない、なんて考えもしない。他人事なら無茶だと言うし、自分の事なら尚更だ。
お前は俺をわがままだというけれど、そのわがままを結局許すのは誰だ?
無性に試してみたくなる。お前のそのやさしさに対して俺の気持ちがどこまで受け入れられるか。
コートからむんと発される熱気が、空間を歪ませている。鉄板の上でプレイしているようなものだと、一時練習を中断し、水道からホースで水を引いて、それを存分に撒いた。最中日が当たっている場所より、日蔭に撒く方がいい。すぐに熱がひくし、冷えた空気を風が運ぶ。一年にそんな指示を出しながら、ほてった身体を休めていた。
隣から、勢いよく喉を鳴らす音がした。視線を移せば、千石が、用意していたらしいボトル入りのドリンクを、おいしそうに飲んでいた。
「何だよ、それ」
「レモネード。」
「へえ。うまそうだな」
「おいしいよ。姉ちゃんが作ってくれたやつだし。飲む?」
「いいのか」
「いいよ、もう一本あるし」
腰を折ってボトルを差し出しながら、千石はもう一方の手に違うボトルを掴んだ。
ずいぶん準備がいいと感心しながら、飲みかけのボトルを受け取る。
「サンキュ」
「それ、今度姉ちゃんに言って」
「ああ、そうだな」
いい加減そうに見えてこの親友は、そういう事にやたら気を遣った。特に親しい自分達や、身内に対してまでそれは徹底している。
目元をふと緩ませ、ボトルに口をつけた。予想以上にキンと冷えたレモン水が、先ずは唇に触れて、それから舌を、喉を、潤していく。
一気に飲み干して、息を吐き出した。それから、千石が自分をニコニコと眺めていることに気付いた。
「何だよ?」
「間接キスだと思って」
「…」
濡れた唇をタオルで拭い、ボトルを突き返した。千石が受け取ったのを確認してから、立ち上がり、ベンチに立て掛けていたラケットを拾い上げる。
「もうそのくらいでいいぞ!下がれ!」
まだ水を撒いていた後輩達に向かって叫び、首に掛けていたタオルを外した。
「南…」
少し掠れた声が責めるように聞こえた。
「練習再開だ」
レギュラーに聞こえるように言った。振り返った先で東方は肩をすくめた。
言葉には時を止める力がある。
──好きだよ、南。俺は、南が、好きだ。
(バカな事言うな)
受け入れるのも拒むのも同じ意味しか持たないなら、それを殺す以外何も選べない。
それはここが何階なのかわからないのに窓から飛び降りるのと同じ事だ。
後悔するとしたら気付く前に思ってしまった事かもしれない。
骨を折る覚悟さえないのにお前が欲しいなんて間違っている。