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いっそこのまま気付かずに。

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「ねぇ、帝くん?」
その一言で始まる話は大抵がろくな話じゃ無かった。


「君は『幽霊』とかいう存在を信じるかい?」
臨也さんの部屋のソファに座るや否や、突如そう言われた。
「…はぁ。」
頭の中に黒バイクに乗った格好いい女性が思い浮かぶ。
あの人を『幽霊』にひとくくりにするのはあまりにも失礼だけど。
「少し前までは、本当に居たら嫌だな、と思ってました。」
「今は?」
「…実際にそのような存在は有り得るのかな、と思ってます。」
臨也さんは少し考えて、「んー…。」と唸る。

「つまり君は幽霊を見ることは出来ない、ということかな。」
また黒バイクの友人を思い浮かべる。
彼女は違う、おそらくだけど臨也さんが言う『幽霊』には含まれていない。
「出来ないと思います、たぶん…。」
僕が最後を濁したのが気に入らなかったのか、臨也さんは不満げに表情を歪ませた。

「じゃぁ、妖怪は?」
「…見たことは無いです。」
「宇宙人っ」
「(目の前に居るこの人こそ宇宙人臭いけど)…残念ながら。」
「妖精!」
「さぁ?」

臨也さんはつまらなそうにため息を吐いた。

「駄目だね。もし君がそのテのものを見える人だったら良かったんだけど。」
珍しく本気で懇願するようなその声に惹かれて、興味本位で聞いた。
「どうしてですか?」
臨也さんは待ってましたとばかりに例のあの嫌な笑みを浮かべる。
「それはね、僕が何かに憑かれているからさっ。」

聞くんじゃなかった。
「・・・そう、ですか。」
「ああ、もしかしたら俺じゃなくて憑かれてるのは帝くん、君の方かもしれないよ?」
聞き流そうと思っていたのにそう言われては聞き逃せない。
「僕が?なんでですか?」

目を丸くする僕に意地悪く微笑みながら臨也さんは「知りたい?」と、勿体ぶった。
僕が素直に頷くと、気分が良くなったらしい、彼は少し饒舌になる。

「それはね、俺の体が異常をきたすとき、君はいつも俺の側に居るんだ。」
「最近何かおかしいんだよ、俺らしくも無くぼーっとしたり、妙に体が熱くなったり、心臓が何かに握られるようにぎゅっと痛くなったり。」
「こないだなんて君の顔を見ただけで上手く呼吸も出来なくて、まるで真綿で首を絞められてるみたいだった。」

「君は最近そんなことは無い?」

首をかしげ、顔を覗きこむようにそう聞かれ、僕は言葉を失った。

だって、それはまるで。

「…今、は平気なんですか?」
「今?ううん。たった今もこうやって帝くんに近づくと呼吸が浅くなって、顔が焼ける様に熱いよ。」
逆光で良く見えなかったけれど、確かに臨也さんの頬が赤い気もする。

「きっと俺ってばタチの悪い悪霊にでも憑かれたんだよ。」
そう言いきる臨也さんになんて言ったら良いかなんてわからない。
本気なのか、からかっているのか。

「でも君と居る時にしか起こらないから、きっと帝くんも悪霊に狙われてるんだ。」

だから俺が守ってあげるよ、そんな風に滅多に無い優しい笑みを浮かべたりするから、僕まで本当に悪霊に憑かれてしまったみたいだ。

(胸が痛い、し、顔が熱い。)



目の前で無邪気に笑うこの人が、本当に何もわかっていないなら、


もういっそこのまま何も気付かずに。