つみと、ばつ
爽やかな笑顔を見せ、
柔らかな声で僕に囁いた言葉は彼から初めて放たれた単語だった
一瞬空耳かと思い問い返せばもう一度きらい、とまるで愛を語るかのように囁かれる
「君なんて大っきらい」
「君なんて苦しめばいいんだ」
「君なんて、」
次々と放たれる僕を否定する言葉にくらくらと眩暈がする
こんなこと初めてだったのだ
「いざやさ、」
「君なんていらない」
彼はいつも僕に囁く言葉はいつも柔らかくて、甘ったるい言葉ばかりで
こんな割れた硝子の破片みたいな言葉なんて聞いた事が無かった
いつも囁くのは愛してるとか、大好きとか、
猫が喉を鳴らして甘えるようなそんなものばかりだったのに
それなのに、
目の前の彼は今まで通り甘く囁くように僕に向かって冷たい言葉を投げつける
どうして?
ずっと貴方が僕を好きだって言っているのに応えなかったから?
貴方の気持ちを信じられなくて冷たい態度ばかりとっていたから?
ずっと不安だった、彼が僕に甘い言葉を囁く度に
きっと彼にとっての僕は彼の愛する人間の一部でしかなくて、
これも唯の冗談だと思っていた
本気にしてしまうのが怖くて仕方がなかったんだ、
彼が居ないと生きていけないなんてそんな風に変えられてしまうのがとても恐ろしかった
なのにどうだろう
彼がやっと僕に飽きたというのに僕の心にぽっかりと暗い穴が空いてしまったなんて
何も考える事なんて出来ず、
僕は表情すら無くして目の前で酷い言葉を投げ付ける彼を凝視していた
そんな僕の様子に苛立ちが募ったのか僕の顎を取り上を向かせる
(あぁ、殴られるのかな)
彼は暴力的な人では無かったけど
(どちらかといえば精神的に相手を追い詰める人だ)
なんとなく、もう何をされてもいいかなんて思って彼の紅い目を見つめていた
「君の体なんてボロボロになればいいのに」
まだ言い足りなかったらしい、
彼は僕の顎を強い力で掴んだまま僕にまた言葉を投げ付けるのだろう
優しく笑っていた顔が泣きそうに歪む、
綺麗な顔は歪んでも綺麗なんだと頭のどこかで感心していた
「俺を見ない君の目ががきらい」
「俺を信じない君の心がきらい」
「俺のことを好きにならない君が、大きらいだ」
苦しそうに吐き出される言葉に思考が止まる だって
だってこんなに苦しそうになんてことを言うんだ、この人は
「俺が君を嫌いになるから、君は俺を好きになって、愛して」
「俺が居なくなるから、君は居なくなった俺を想って」
「もう、どうしたらいいか判らないんだよ」
涙は流れない、けれど確実に彼は泣いていた
あんなに酷い人が泣くなんて、泣くほど想われているなんて
そう思ったらもういい気がしてきた
これが彼の策略の内だったとしても もう、いいと
僕に縋り付く彼の頭を抱締めて 小さく呟いた
「ごめんなさい、ほんとうは 」
END