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星合の空

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新月の夜空。
天上の河は、遠呂智によって作られたこの世にも七月七日の来ることを告げるかのように、白銀の輝きを放っている。
その星々の中でも一際明るい二星こそ、日の本で彦星、棚機津女と言われ、唐土では牽牛、織女と呼ばれる星である。

ならば、己の頭上に輝くのは牽牛織女かと思いつつ、唐風の椅子に腰掛けた政宗は、慣れぬ酒を口に含んだ。

見上げた夜空に、遠い日の記憶が重なった。



晴れ渡った青空には入道雲が立ち上り、蝉は待望の夏の到来に声高に鳴く。
振り返った馬上の兼続は、眩しそうに目を細め、日光を遮るように額に手を翳した。

「このあたりは深そうだ。浅瀬を探さねばなるまい」
その言葉に政宗は馬を操り、横に並ぶ。
眼前の川を覗き込めば、確かにその色は川底すらも見えないほどに濃く、優に馬の背丈を上回ることは予想に容易い。

「どうする。政宗」
引き返すか、と続ける兼続に、政宗は己の意思を表すべく、口元を微かに吊り上げた。

「わしは行くぞ。貴様は浅瀬を探せば良い」
「政宗!」
止めようとする兼続の言葉と同時に、政宗は馬の腹を蹴った。
並足の馬は涼しげな水しぶきを上げながら、躊躇なく川へと進んでいく。
一般に陸で生活する馬は水を怖がる習性を持っている。
政宗のこの行動がただの気まぐれではなく、習練に基づいたものであることは兼続の目でなくとも明らかだった。

は、と声を掛けると手綱を巧みに捌き、深みの上へと馬を泳がせる。
川の流れを見定めるその目は真剣そのものだ。再び対岸の浅瀬に着くと、政宗は元の岸を振り返った。

「政宗! 見事だったぞ!」
「当然じゃ! 馬鹿め!」
兼続の誉め言葉に、政宗は僅かに頬を緩めながら返すが、その表情は対岸からでははっきりしない。

「しかし、困ったな……」
馬上の兼続は遠くに見える政宗を見遣り、思案気な表情を浮かべる。
その心を見透かしたように、向こう岸から声が響いた。

「五町ほど下流に浅瀬がある。貴様はそちらを回るが良い」
「相解った!」
迂回する兼続を待つべく下馬した政宗に手を振り、兼続は馬に鞭を入れた。



「お前は、水馬に長けているのだな」
「主将には要らぬ術、とでも言いたげじゃな」
「そのようなことを思ってもいないが――、下流に浅瀬があると知っているならば、そちらに向かえば良いものを」
その言葉に、兼続を待っていたままに、手持ち無沙汰に座り込んでいる政宗はそっぽを向いた。

「このように着物を濡らす必要もなかろう」
下馬した兼続は、政宗の隣に腰を下ろすと、その袴の裾を掴んで絞る。澄んだ水が白い手を伝った。

「貴様は水馬はせなんだか」
「ああ。謙信公の下では、修法と用兵ばかり教わった。無論、剣術の稽古もしたがな」
「まこと変わった奴よ」
政宗は呆れた声を漏らす。
用兵はともかく、修法を講じるなど、弓馬の道に邁進してきた彼にとっては、考えられないことであった。

「だが一番に学んだのが、義、であることは疑うべくもない!」

兼続の口ぶりに溜息をつき、話が長くならない内に出立しようと腰を上げた。

「待て、政宗」
「もう、義の話は沢山じゃ」
そう言って背を向けた政宗に、兼続は首を振る。

「私は、お前の水馬の術に関心したのだ。随分と習練を積んだことだろう。それに――」
言葉を切った兼続は、不意に暮れかけた空を見上げた。

「それに、何じゃ」
「――たとえどのような川を隔てようとも、お前は私に会いに来れよう」
口元を和らげたその表情に、政宗は言葉を失った。

文月七日の夕べ、東の空には、二星が煌々と輝いていた。



空いた盃を満たし、再び口元へ傾ける。琥珀色の酒は舌のみならず、脳髄までも麻痺させるかのように甘い。
不意に脳裏に浮かんだこの世界に来る以前の記憶に、政宗はかぶりを振った。

この地を流れる大河はあまりにも広大過ぎる。
全てを呑み込むその濁流が、どこへ向かうのかを知る人はない。

酔いの色濃い瞳で政宗は再び、中天を仰いだ。
その耳に天の川の清らかな瀬音は届かず、ただ轟々と、銀河の浪音が響くばかり。
作品名:星合の空 作家名:aoi