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STROBO LIGHTS

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STROBO LIGHTS


真夜中に腹が減っちまってもオレの部屋には食糧なんて一つもない。けれどオレのハラの虫はさっきからひっきりなしにぐーぐーぐーと空腹を主張する。こんな時間に開いてる店なんかほとんどないっつーのにどうしようもない。まあそれでも戦時中よりまだましか。炊き出しとか配給制じゃねえからな。市場には普通に食材溢れてるし。だからこれは昼の間に買い物済ませておかなかったオレのミス。ぬかったぜ、久方ぶりの激腹減り状態。後悔しても腹の足しにはなりはしない。こういう時都会ならこんな夜中の時間でも営業中の店くらいあるだろうからなんとでもなるんだろうけど、オレの住んでる町はそうじゃない。どう控え目に表現しても、田舎で田舎で田舎なこの町はこういう時結構不便。まあ、文句を言っても仕方がねえからオレはアパートの階段をトントントンと降りていく。確か十分くらい歩いたところになんかこじんまりとした酒場があったはずだし。アルコールがメインだとしてもつまみくらいはあるだろう。そう思いながらオレは財布だけを手に取って、その店目指して家を出た。

カウンターの席とテーブル席がいくつかの、ただそれだけの照明が落とされた店の中。ただ、変わっているのが店の真ん中に、まるでこの店は自分のものだと言いたげな存在感を主張するピアノが一台置いてあることだ。ピアノくらい置いてある店は数多くあるだろう。だけど普通はもうちょっと端っこの方に置いてあると思うんだけど。いや、その手の店をたいして知ってるわけじゃないけどさ。だけど、ホントにど真ん中に鎮座しているそのピアノ。まあ別に店主の趣味と言われればそれまでだけど。ああ、そんなのはどうでもいいんだ。ピアノ、そうそのピアノだ。
洪水のような衝撃のような。そんなピアノの音がオレの鼓膜を殴打した。

恐ろしいほどの速度で奏でられているのは知らない曲。
だけど、そのメロディが眩しくて、オレは店のドアを開けたままぴたりと動きを止めてしまった。

暴力的といってもいいほどの、鋭い音。
ドアを開けた瞬間に、その音が、オレの心臓めがけて突き刺さった。きらきらと輝くようなその音、なんて生易しいものじゃない。
鋭く眩しく痛い音。爆発する太陽、ストロボの光。
真っ白な、切り裂いていく直線。
溢れる鮮血のような鮮やかな赤。
痛い。
痛くてたまらない。
止めろって叫びたくなった。このまま聞いてたらこの音に壊される。
音が突き刺さって、音に切り裂かれて。
心臓抉られてオレは死ぬ。

そのくらいの痛みを覚えたのに。
なのに。

それでもいい。それでもいいからもっと。
もっと貫いてもっと切り裂いてもっと強くもっと。
叩きつけて。
血まみれになってもいいと思った。
オレの身体切り取られてもいいからずっと聞かせて聞かせ続けて。
音を、このピアノをオレに。

動けなかった。
指先すら固まったまま。ピアノが上げる悲鳴をオレは聞き続けて。
そう、まるで世界が止まったかのように。


オレはきっと魅入られたのだ。


「いらっしゃいませお客さん。すみませんがそのドア閉めてくれませんかね」
オレを現実に聞き戻したのは静かな声。オレははっと我にかえって声の先を見る。
古びたカウンターの所にいたのは初老の男。身なりからしてバーテンダーかと思われた。
「あ……、す、すみません」
慌ててオレはドアを閉める。
「その……音に、びっくりして」
驚いたなんてそんな簡単なひと言で済ませられるもんじゃなかったけど、それ以上声が出なかった。さっきの感覚をなんと言えばいいんだろう。
真っ白になって音だけに飲み込まれて。死んでもいいからあの音を聞かせろなんて狂った思考。空腹なんて、どこかへ飛んで行ってしまった。
「ああ、驚かれましたか。客がいない時は彼の好きに弾いていただいているので……」
「彼……?」
気がつけば、ピアノの音は店のBGMに相応しくスローなナンバーに変わっていた。
ああ、そんなどこにでもあるような曲じゃなくて。
さっきの音が聞きたいのに。
切り殺されるような痛い音。
網膜に焼けつくみたいな一瞬の閃光。
「ええ、私の息子の……恩人ような方でしてね……」
あんな音を出すようには思えない優男がそこに、いた。
黒い髪、切れ長の瞳。
スクリーンの中の俳優のような、なんて陳腐な例えだけど、そんな感じに整った顔のピアニスト。
その男が、オレの方をちらりと見て。そうして。
「何かリクエストがあればお弾きいたしますが……?」
甘くて低いその声が、オレに向かってかけられた。
「さっきの、音を」
オレは何も考えないうちに声を出していた。
「なんて曲かなんか知らねえけど、アンタがさっきまで弾いてたやつ。それ、もう一度聴かせてほしい」
ちょっとだけ、ピアニストは驚いたような顔になって。それでもいいですよとか愛想笑いなんかして。
そうしてピアノの方に向き直ると、もうオレの存在なんか忘れたように長くてきれいなその指をピアノに叩きつける。
眩しくて痛い切り裂くようなあの音が、オレの心臓に突き刺さる。



これが、オレとそのピアニスト――ロイという名の男との出会いだった。


作品名:STROBO LIGHTS 作家名:ノリヲ