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神様に祈るほど馬鹿じゃない

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 チャイムを鳴らしても反応が無かったので、渡された合い鍵で勝手に入ってみたら、部屋の住人は一瞥さえしてくれなかった。
「こんばんは、帝人君」
「どうも」
「……何やってるの?」
 この俺を放ったらかしにしてさ。拗ねたように言えば、七夕ですよと何でもないように答えが返って来た。てっきり勉強に励んでいると思っていたのだが、テーブルに広げられていたのはノートでも教科書でもなく、色とりどりの短冊だった。
「嗚呼……そういえばそんな行事もあったね」
 短冊に願い事を書いて笹に吊るせば、それを叶えてくれるという言い伝え。色恋に現を抜かしていた所為で年に一度しか会えなくなった恋人達に一体何を願うのかと、当時から冷めていた子供の臨也は一度もその行事に参加したことがなかった。
「今日夕飯の材料を買いに行ったら、ご自由にどうぞってスーパーに置いてあったんですよ。懐かしくてつい、何枚も貰って来ちゃいました」
「そんなことしても、肝心の笹が無いじゃないか」
「サイモンさんが、当日は店先に笹を飾るって言ってたんで、其方にお願いしようかと」
「ふーん……?」
 露西亜寿司はそんなことをやっていたのか。去年まではやっていなかったような気がするけれど、ただ単に興味が無いから気付かなかっただけかも知れない。
 どちらにせよ、蚊帳の外に追いやられるのは大嫌いだったから、未だに短冊と睨めっこしている恋人を抱き締めてみた。甘えるように、後ろから。
「そんなのどうだっていいじゃない。折角俺が来たんだからさ、早くご飯食べようよ」
 学生と自由業だからって、いつでも会えるわけじゃない。こうして帝人の家に来るのだって久し振りなのだ。だから、その貴重な時間を自分以外のものに向けられるのは正直言って腹が立つ。
「今夜はカレーですから、温めるだけで大丈夫ですよ。ご飯は冷凍庫にありますし、サラダも麦茶も冷蔵庫に入ってますから」
「……いや、確かにお腹は空いてるんだけどさ」
「因みに今日は夏野菜のカレーです。トマトもナスもカボチャも入ってますから、好き嫌いするなら帰って下さいね」
「カレーで食べられないのは、ニンジンだけだよ……」
 煮ても焼いても美味しくならない。スウィーツにだって向いてないと思う。それこそ、彩りを添えるくらいしか使い道のない野菜なのだ。その唯一の長所も、ルーに塗れてしまった状態では意味が無くて。
「そんな紙っぺらに書いたって、意味無いよ。神様なんていないんだからさー。帝人君の願い事なら、俺が叶えてあげるし」
 というか、そんな特権、いもしない神様にだって譲ってやらない。願いを叶えるのは、そうして笑顔を向けられるのは、自分だけで良いのだ。
 それでもまだ此方を向かない帝人にいい加減腹が立ったので、臨也はテーブルに広げられていた短冊を残らず掻っ攫ってしまった。小さく声を上げ、漸く此方を見た恋人に、わざとらしいくらい綺麗な笑顔を浮かべてやる。
「ご飯、食べようか?」


 出されたカレーは、一般のそれよりも甘かった。臨也は帝人にお子様味覚だと思われている節があるので、多分その所為だ。トマトが上手くマッチしているから良いが、夏にはもう少し辛いものが良かったなとは思う。
「帝人君は、一体何をお願いするつもりだったの?」
 自分で取り上げておいて何だが、あれ以来帝人は一言だって口をきいてはいないのだった。分かり易い意思表示は可愛くもあるが、度が過ぎれば神経を逆撫ですることだってある。勿論臨也に限ってそれはないが、会話の無い食事なんて味気無いだけだ。
「……臨也さんなら、なんてお願いしますか?」
 質問を質問で返すのはマナー違反だと思ったけれど、会話が成り立つなら良しとしよう。臨也はちょっと大人ぶってみた。
「俺? 俺はそんなことしないよ。流れ星を見たって何とも思わないし」
 三回願い事を言えばそれは叶うと言うけれど、そんなのは無理な話だ。出来るわけがない。
「でも、そうだなぁ……もし願うなら、一つかな。――帝人君とずっと一緒にいたい。うん、これで決まりだね」
「それって、普通は僕にお願いするものじゃないんですか?」
「……お願いしたら、ずっと一緒にいてくれるの」
 正臣や杏里、そして帝人自身に、臨也が一体何をしたのかを、知っても。
「織姫と彦星は、一年に一度逢う為に残りの月日を頑張って過ごすじゃないですか。それは、良い話かも知れません。いえ、きっとそうなんでしょう。こうして今でも言い伝えが残ってるくらいなんですから。でも……その頑張りを他に向けていたら、もしかしたら変わっていたんじゃないかって、思うんです。流れ星に願掛けをするのだってそうでしょう。落ちていく星に三回願い事が言えたら、そうするだけの努力が出来るなら、本当に願いを叶えることも出来るって、そういうことでしょう」
「帝人君…………」
「勝手に諦めないで下さいよ、自己完結しないで下さいよ。一歩も前に進んでないのに、千里が歩けるわけないじゃないですか」
 感情を必死に押し隠している帝人を真っ直ぐに見ていられなくて、臨也はズルイと思いながらも再びカレーに目を戻す。食べようと掬ったスプーンにはニンジンが乗っていて、臨也は目を瞠った。
 帝人は好き嫌いには煩いけれど、同時に臨也に対して甘いところもあって、嫌いなものが出た場合は一口でも食べれば許してくれた。このカレーを用意したのは臨也ではなく帝人だから、もうこの皿にニンジンは入っていない。
 その、たった一切れのニンジンが、星型に切られていた。クッキーなんて帝人は作らないから、この不格好なニンジンはわざわざ包丁で切ったのだろう。――多分、七夕に因んで。
「あなたが何処で何をしているのか、興味が無いと言ったら嘘になります。でも、僕にとって大切なのは、臨也さんと積み重ねていく瞬間なんです」
 弾かれたように臨也は顔を上げた。目の前に座る帝人は、笑っている。泣き出すのを堪えるように。
「小さな時で良いんです。一緒に話したり食事をしたり眠ったり、イベントを……祝ったり。そういうことを沢山したら、そしたらきっと、ずっとになりますよ」
 帝人の紡ぐ一言一言が、臨也の心を揺さぶった。胸が熱くて苦しくて、どうしてか楽になりたくて、縋るように帝人を見つめる。
 けれど帝人は何も言わない、何もしない。帝人は待っているのだ、臨也の答えを。ただ只管に。
 すっかり汗を掻いてしまったグラスに入った麦茶を飲み干して、挑むように臨也は言う。
「カレーのおかわり、頂戴。ニンジンたっぷりで」
 小さく頷いてくれた帝人を見て、明日は露西亜寿司に行こうかなんて考えた。
 短冊を飾って、美味しいものを食べて、いっぱい話しをしよう。
 そうして隣り合って眠るのだ。離れないように。