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ある天涯孤独の話

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亡骸は軽く、冷たくなっていた。
 元々、大柄な七花に対し、小柄な女であったし、何度も抱え上げ、背負い、膝に乗せた体は、軽かった。たとえその身に絢爛豪華な十二単衣を重ねたように纏っていても、七花にとって女は、童女を抱えるのと大差がないような軽さだったが。
 ──細く、小さな体。
 いまではもう、それよりも軽く思えた。まるで骨のようだった。
 肉は残っている。しかし抱えた体に熱はなく、柔らかさも今となっては幻じみている。まるで多量に失った血液のなかにこそ全てがつまっていたようであった。
 女は命を失って、さらに軽く、脆くなったように思えた。
 したたるほどに血の染み込んだ絢爛豪華な着物を脱がせ、抱え上げてしまえば、本当に、幻のようでさえあった。
 いつかのように、背と脚をもちあげ、横抱きに胸に抱える。
 もう細い腕が首に巻きついてくることはない。腹の上に置こうとした腕はしかし硬く、結局肩からだらりと垂れるまま、七花の腕のなかにはおさまらない。
 ──ちぇりお! なにをしておる、もっとしっかり抱いておけ、と。そんな風に殴られるかな、と思って少し笑ってみた。眉根を寄せるだけで、唇は笑みの形にできなかったが。

 七花は抱きかかえた死体を、手ずから掘った穴のなかへそっと降ろした。
 小さな体だ。
 障子紙をやぶるよりたやすく殺されるだろうと自ら言ったほどに弱く、白い体。
 土のなかに収まれば、決して質素ではない襦袢姿は、白い肌をより際立たせた。
 女の肌は、今や七花が姉を思い出すほど青白く、あたりまえながら死人のそれだった。
 それでも全てを失った髪の色よりまだあたたかい。

 横たえた女の体を見下ろし、七花は膝をついた。
 それから、手をついた。頭を降ろし、背を倒し、穴のなかを覗き込むようにした。

 そっと、女の頤に触れる。
 冷たい肌を確かめるように指で撫でた。

 そして。
 まず、もう開けられぬ両の瞼に一度ずつ。
 つぎに、もうなにも考えることのない頭蓋にするよう、前髪をかきわけた額へ一度。
 それから、もう開かれぬ唇に、間を置かず三度。
 七花は自らの唇を、わずか押しつけるようにして落とした。
 七花からこんな風に触れるのははじめてで、最後のことだった。
 すっかり拭い、清めたはずだが、そうするとまだ、血の匂いがして、涙もなく泣けた。
 ゆるゆると緩慢な動作で体を起こした七花は、立ち上がることもなく、惚れた女の亡骸を見下ろした。
 見つめた。
 見た。
 観た。
 その姿が焼き付いてしまうように。瞬きすら許さなかった。
 それでも。
 やがて。
 土をかけた。
 さほど遠くない昔、自らの姉もそうしたように。
 ただ、その時と違うのは、もう誰も隣にいない、誰も背にいない事。そのときそこにいた女こそ、土のなかである事だった。

 二人の旅は終わった。
 ただその事実だけが、七花をいくらか置き去りにしただけのこと。
 七花の主人となり、所有者となり、すべてとなった女は死んだ。
 自分には七花が、七花には自分がいるだろうとやさしく言った、それまでずっと、長らくの間天涯孤独だった女と同じように、これで天涯孤独だった。
 ようやく。これで。完全に。同じ。
 それがどうにも胸を締め付けて、七花はもう泣くことさえできないけれど。

 こうして虚刀流七代目当主──鑢七花は天涯孤独となったのだった。
作品名:ある天涯孤独の話 作家名:しゅうぞう