女王の国と王の国
「はっ、また金の無心にでも来たのかよ、尻軽プロイセン?」
「テメェにはそれしか利用価値がねぇからな。ま、出すもん出して精々高みで見物してろ」
「言われなくてもそうするに決まってんだろ。俺はフランスの野郎さえ殴れりゃそれでいい」
怠惰にソファにもたれ掛かっているイギリスを眺め、プロイセンも勢い良くソファーに腰を下ろす。
本来ならば金だけ受け取ってとっとと帰ってしまいたいところだが、色々と書類を交わして行く必要もある。
そんなもの外交官にやらせておけ、と思わないでもないが全部を全部他人任せにするわけにもいかないのは事実だ。なにより、たまには顔を合わせて来なさいと大王に言われてしまっては従う他ない。
たまには、と言われるほど会っていないわけでもない、とは思うのだ。同じ国同士である以上、顔を合わせる機会は多い。なにより先の戦争では敵対していたのだから、金だけ送られてくる今より顔を合わせた回数は多かったようにも思う。
まあ、とっとと逃げた男でもあるわけだが。
「どうせ最初っからテメェには期待してねえしな。兵を出されたところで前回のオーストリアの二の舞だろ」
「言ってろ。俺はてめえらの勝敗なんてどうでもいい。言っただろ、フランスを殴れりゃそれでいい、ってな」
そう言ってイギリスが視線を向けた先は豪奢な部屋には似つかわしくない、小さな野花だ。ヨーロッパでは見た事もない種類の花を見てプロイセンはなるほど、と鼻白む。
その花は間違い用もなく、彼の新大陸からもたらされた花だろう。世界に現れたばかりの小さな子どもの名は、アメリカと言ったか。
すっかり毒気を抜かれた物だ、とプロイセンは思う。今とて列強の一つではあるが、並び立つものはいないとさえ思えるほど強かった頃のイギリスとは確かに違う。
くだらない、とプロイセンは思うのだ。守るべき物を持って何になる。己と、己の国と、そして己の民さえ守ればいい。それ以外に何が必要あるというのか。
けれど。
「精々足掻くんだな。ここを生き残れねえようじゃてめえも終わりだろ」
「……その通りだ」
花を見つめる柔らかな視線に、胸はじりりと焼け付くのだ。痛みとわだかまるような不快感を胸に覚え、プロイセンはそれを気取られないように頷く。
何がそこまでこの男を変えたのか。自国と、自国の民と、そして何より愛すべき女王のことしか考えていなかった筈の男が、今は他国を、生まれたばかりの小さな国を守ろうとしている。
その変化は恐ろしい物のように思えたのだ。国とて生き物だ。変化しないわけではない。それはわかっている。だが、腹が冷やりとするような、心臓を氷の手で撫でられたような、恐怖にも似た感情が頭を捕らえて離さない。
「ま、てめえがどこまでのし上がってこれるか、楽しみにしといてやるよ」
「今に吠え面かかせてやる、覚悟しとけ」
ようやく届いた書類を持ってプロイセンはイギリスへ背を向ける。
「おいプロイセン」
「……なんだ、イングランド」
名を呼ばれ、不満を露にして振り返ればイギリスはにやりと笑う。
「精々料金分は働けよ、成り上がり」
「……気持ち命じておきましょう、女王国家殿」
お互い嫌味をぶつけ合い、今度こそプロイセンはその場を立ち去る。
次に相見える時は敵か、味方か。