これが、僕の、セカイ
いつの頃からと問われれば、それはもう国宏の長い長い生の旅路、明確な記憶の続く限り昔からに違いなく。
どこか一段レベルの違う別世界を覗くようにして都が自身のアイデンティティーを確立していくさまを、国宏は定められている自身の行き先と見比べては、喜ばしいような、憎らしいような、複雑な気持ちで眺めていたものだけれど。
二リットル入りミネラルウォーターのペットボトルを前にして、人間二リットル血液流すと死んでまうらしいですねぇ、なんてやたらと厭世的な顔をして呟いてみたり。
このアニメーションはえろう上手にプロパガンダしとりますわ、サブリミナル効果の挿入がようできとります、だなんて妙に冷静な着眼点で切り込んでみたりだとか。
だから彼が今アスファルトの路肩に俯せになって寝転んでいるのも、そう一重に不可思議であると言えない程度には、国宏もまた都の奇行に慣れてしまっているのだった。……なにせ彼の擁する教授陣のなかには猿語を介すような人々が乱立しているのだから。
「……なに、」
今度はなにを始めたのか、という国宏のいささか言葉足らずな問い掛けを、しかし都は正確に掬い上げる。
閉じられた薄蒼く白い瞼は東の声に応えてひくりと震えた。毛細血管がうすく浮いたそれは、造りものめいて美しい。
ゆっくりとその榛色の清らなひとみは開かれて、無垢な鮮やかを世界にうつす。
汚れたものを直視するしなやかな強さを、都はけっして失わない。荊の世界を血を流しながら抱き締めるその強さを都は手放さない。
世界を振り切って走る、なにもかもを抱えて、翔ぶ。
「ネバダの砂漠でデザートイーグルにつつかれるカウボーイの死体の気持ちになってみたんやよ」
ふふ、と舌上に乗せるその言葉とは裏腹に、酷く穏やかに都は笑った。
「……なにが、」
見えた?
そこからはなにが見えた?
ずっと、誰より近くで、近い世界で生きてきたはずの都でさえこんなにも遠い。
もうあの頃のように彼を素直には呼べない。手を伸ばせない。
それでも置いていかないで欲しい。まだ隣りに居て欲しい。
すがるような思いで、しかし押し殺された国宏の問いかけをそれでもやはり都は違えることなく正確に、その奥にひそめられた思いさえをもくみ取って答えてみせるのだ。
「国宏はんが」
そう答えた都に安堵の吐息を吐き出しそうになった国宏は、しかしやはりかむりを振った。
当たり前だ、都の真正面に立って彼の視界を塞いでいるのは他ならぬ自分なのだから。
「……違う」
「違いありまへん」
上体を起こした都の、僅かに骨張って筋の浮いたてのひらが、国宏の手首をひたりと掴む。
どくり、と血脈にそのまま触れてしまうような力強さで。
「目ぇ瞑ったって、国宏はんが見える」
榛色のひとみには、今、この刹那。国宏だけが映りこんでいるのだから。
嗚呼、今、死ねたらいいのに。
作品名:これが、僕の、セカイ 作家名:梵ジョー