願い事一つだけ
「なんだぁ、これ」
「社長がどっかからもらってきたらしいっす」
少し前から来ていたのか、短くなった煙草を灰皿に押し付けながら静雄が答えた。どうも昨日あたりからあったようで、そこここに短冊がぶら下がっている。
「七夕だっけかー」
「そっすね」
思い立って社長の机を物色すると案の定書類やら地図やら請求書にまぎれてよれた短冊が数枚、発掘された。それをひらひらと振りながら、いつも通りの無表情でぼんやりしている静雄に見せた。
「静雄ー、おめーもなんか書くかー?」
「……いや、いっす」
二本目の煙草に火をつけながら静雄が俯く。
「叶うわけ、ねっすから」
(あ、)
泣きそうな顔をしている、と思った。目元はサングラスに遮られて見えないけれど、なんとなく、泣いているように見えた。
静雄の一番の願いは知っている。自らの力がなくなること。平穏な生活を送ること。七夕です、お願い事を短冊に書きましょう、なんて言われるような小さな頃、どれだけ切実な気持ちで願いを記したのか。
「よし」
トムは黒いマジックを咥えてきゅぽんと蓋を外すと、薄黄色の短冊にさらさらと文字を書いた。静雄はそれを、感情ののらない不思議そうな瞳で見つめている。
「ほい、できた」
書き終わった短冊を笹に吊るすと、立ちつくしている静雄の手を引っ張って無理矢理近くまで連れてくる。
「ちょっ、トムさんっ」
「いいから来いって」
そう言って頭を短冊の前まで引き寄せる。すると静雄は息を詰め、小さく身体を震わせた。ひぐっ、と押し殺した泣き声は肩を抱き寄せることで封じてしまう。
『静雄が幸せでいられますように。ずっと一緒にいられますように』
乱暴な字で書かれた願い事は、確かに静雄がほしがり続け、願ってやまない言葉だった。