コスメティック
洗顔の際にバンダナできっちりと髪の毛を纏め上げた姿のまま、布美子は真剣な表情で化粧を始めた。
化粧水、美容液、乳液、下地、ファンデーション、フェイスパウダー、アイブロウ、アイシャドウ、アイライナー、マスカラ、チークに付け睫毛。
丁寧に丁寧に顔に色を塗り重ねて、いつもの布美子がようやっと顔を見せる頃、ようやく私はベッドから半身を起こした。
「おはよう、玲名。相変わらず遅いわね」
「……布美子が早すぎるんだよ」
脱ぎ散らかされていた下着だけを適当に身につけて洗面所へ向かう。
水だけでさっぱりと顔を洗って、寝癖の付いた髪を櫛で軽く整えて私の身だしなみは終了。
5分も掛かっていないそれに、布美子は見た目に頓着しなさすぎると文句を言うが、私はこれで十分だと思う。
布美子が化粧で綺麗になるのを見るのは好きだけれど、自分自身はまだその魅力も必要性も感じない。
洗面所を出ると布美子は前髪を上げていたバンダナを外してコテでくるくると髪の毛を巻いていた。コテを外す瞬間に髪の毛がくるんっと丸まるのを見るのが少し好きだ。
「布美子、かわいいよ」
少し遠くから投げ掛けたその言葉にはにかむ様子を横目に、私はキッチンで朝食の準備を始める。
食パンをトースターに入れて、熱したフライパンに目玉焼きを……あ、黄身が崩れた。まあいい、今日はスクランブルエッグにしよう。
フライパンの隅でソーセージを炒めて、二人分の真白い皿にそれを丁寧に盛り付ける。
お揃いで買ったマグカップに牛乳を注いでいると、綺麗に髪を巻き終えた布美子が匂いに誘われたようにぺたぺたと此方にやってきた。
「あら、また失敗しちゃったの?」
「……食べられればいいだろ」
「ええ、その通りね。玲名の作ったものなら何でも美味しいもの」
なんて言って、食卓に着く布美子の髪が揺れて甘い香りが鼻腔をくすぐる。
ああ、やっぱり布美子はかわいい。
「朝食終わったら、さ、また布美子に触れてもいい?」
「……化粧が崩れるのは嫌よ」
「う……キスだけで我慢するから」
「ホントに?」
首を傾げて上目遣いに聞いてくる布美子はやっぱり……うん、かわいい。語彙が少ないとは自分でも思うけれど、綺麗というにはまだ幼くて、それ以外に上手く褒める言葉が見つからない。
彼女は他人の目に対する映り方を知っている。マスカラと付け睫毛でバサバサに増えた睫毛や、グロスでキラキラ輝く唇にチークで薔薇色に色づく頬。
「……布美子がこんなだから、我慢できなくなるんだよ」
それは褒められているのかしら。と年相応にからからと笑う布美子にやっぱり我慢するというのは撤回しておこうかな、とちらりと思った。