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La-person-a-che-ride【サンプル】

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夜を知らない街中に突如響く轟音。
それと、怒号。
通りを歩く人々が首を竦め、何事かと周囲を見渡せば、そこには異様な光景があった。
 唖然と頭上を見上げ、立ち尽くすその視線の先には宙を舞う自動販売機の姿だった。
 それはまるで、漫画の世界に良くありそうなシーンだった。
しかしここは現実。東京の池袋という若者たちがひしめき合う場所である。その現実を覆し、自動販売機が空を飛んでいた。なんの比喩もない。文字通りに宙を舞った自動販売機はやがて重力に従い地面に落下して再び轟音を上げる。
 自動販売機が空を飛ぶなどという有り得ない光景が実は比較的日常に見ることが出来る場所。それが池袋。
 そして池袋を拠点とする若者たちの間にある、暗黙の了解。
〈平和島静雄に喧嘩を売ってはならない〉
 この人物こそ、件の自動販売機を舞わせた当人だった。
「臨也ああああああああぁぁぁ!」
 空気を震わす大音声と、周囲の人間に恐怖を与えるには十分すぎる殺気。物騒な空気を纏った静雄は、目前の人物をぎろりと睨みつけた。
「相変わらずだなあ、シズちゃんは」
 軽い口調でやれやれというように肩を竦めて見せた黒いフード付きのコートを着た男が口端を持ち上げて笑う。それに対し静雄はこめかみに青筋を浮かべ、口元を引き攣らせて傍にあった標識に手を伸ばした。右手で無造作に棒の部分を掴むとコンクリートに埋め込まれている標識を力任せに引っこ抜いた。静雄は細い木の枝をぶら下げているかのような感じで片手に標識を持っているが、実際には木の枝とは全く違う長さだし重量だってかなりあるはずだ。
ガリガリと標識の先端が地面を引き摺られて奏でられる音が、いやに大きく聞こえる。
月夜を背景に標識を手にした男の立ち姿という異様すぎるその光景に、対峙していた男の表情にも余裕が消えていく。
「本当、無茶苦茶だよ」
 赤い目を眇め、折原臨也は呟く。
 同時に、ぶぉんと標識が横凪に襲い掛かってくる。それを後ろに飛び退けて回避。静雄は肩に標識を担ぎ、じりじりと距離を測る臨也に嗤った。
「だから何だ。大体、手前が俺の前に姿を見せなきゃいいだけだろうが。ブクロうろついてんじゃねえよ」
「何処にいようと、それは俺の勝手だと思わない?」
「思わねえよっ!」
 怒号と共に静雄が担いでいた標識をバットのように持ち変えてフルスイングした。先の一撃よりも威力ある攻撃が臨也を狙う。しかしその第二撃も寸でのところで臨也は回避した。
空振りした標識が派手な音を立てて建物に食い込んだ。コンクリートを破壊するその豪腕に、静雄の馬鹿力を熟知しているはずの臨也の顔が無意識に引き攣った。やはり何度見てもぞっとする怪力だ。
「それじゃあ、俺はこれ以上シズちゃんの逆鱗に触れないように退散するよ」
「その必要はねえよ。俺が今この瞬間にこの世から手前を抹消してやるっ!」
 吠える静雄に臨也は踵を返して肩越しに標識を握る男を見つめ、じりじりと後ずさりながら、
「ははっ、冗談」
ひっそりと相手に聞こえない程度に呟き、傍にあった路地裏に姿を消した。すかさずその後を静雄は追いかけたが、どこかに身を潜めたのか臨也はいなかった。舌打ちをして持っていた標識をその場にガラン、と転がした静雄はズボンのポケットからタバコを取り出した。ライターで火をつけ、紫煙をたっぷりと肺に吸い込み、吐き出す。そうすることで行き場をなくした怒りを落ち着ける。しかし、こんなもので臨也に対しての怒り苛立ちは納まらない。タバコのフィルターを噛み潰して歯軋りしながら、静雄は路地裏を離れて歩き出す。さすがに暴れてひと目を浴びすぎた。
ちなみに静雄と臨也が鉢合わせたところは深夜に近い時間帯にも関わらず、人通りが絶えない場所だった。それ故に臨也の方は常に所持しているナイフを出さなかった訳だが、静雄はそんなこともお構い無しに公共物を自らの武器として扱い、その怪力を振るった。
〈喧嘩人形〉ともいわれるその所以。
キレやすく、すぐに暴力を振るう静雄は畏怖の意味を込められてそう呼ばれることがあった。
 移動した先のひっそりした小さい公園のベンチに腰掛けて静雄は幾分か落ち着いてきたところで思考を巡らす。
 新宿に拠点を移したはずの臨也がここ最近頻繁に池袋に出没している理由はなんだろうか。
 本人が口を割ったわけではないため、あくまで静雄の推測になってしまうのだが―――
「…やめた」
ノミ蟲のことを考えただけで反吐が出る。
 あいつがどこにいようと関係ない。ただ、目の前に現れたらその瞬間に殺す。それだけのこと。
 短くなってしまったタバコを携帯灰皿に突っ込んで静雄は夜空を見上げた。

「星の見えない夜の空なんて面白くもねえ」

   *

 静雄から逃げ遂せた臨也は雑踏に紛れながらクスクスと笑う。
 いつからかっても静雄の反応に飽きることは無い。
 眼力で相手を射殺してしまいそうな気迫を向けられる度に仄暗い愉悦が胸中に広がる。
 新羅あたりが聞けば呆れた調子で「マゾヒストもいいところだよね、臨也って」とでもいわれそうだ。それでも構わない。
「……シズちゃんをからかうのは、俺のひとつの趣味だしねえ」
 誰とは無しにぽつりと呟き、ポケットから携帯を取り出して発信ボタンを押す。
 何度目かの呼び出し音の後、冷めた女性の声が臨也の鼓膜に響く。
「あぁ、波江さん?今日から三日間休みでいいよ。ちょっと私用で俺が仕事を休むからさ」
『…分かったわ』
 深い追求もせず、淡々と臨也の言葉を受け容れた助手は臨也の次の言を待つことなく通話を切ってしまった。しかしそれを気にした風もなく、臨也はポケットに携帯を仕舞い込みながら唇を孤の形に歪めた。
「さて、どうやって遊ぼうか…」
 ひっそりと、うっそりと嗤いながら、臨也は夜空を見上げた。

「都心の夜空は霞がかかって星が見えないから、つまらないよねえ」