唱えたマキアベリズム
さっきから、隣りにいる竜ヶ峰の震えが止まらない。
俺はそれに気づかないフリをしながら(といっても、がっちりと俺の腕に竜ヶ峰がしがみついているので、気づくなというのはさすがに無理がある)、画面を見つめていた。
テレビ画面では、ずっと化物が主人公を追い掛け回している。
殴りがいがありそうな化物だな、と俺は思いながら淡々と見ているのだが、竜ヶ峰は主人公と感情がシンクロしているようだ。主人公が叫び声をあげる場面になる度、声を押し殺している。
竜ヶ峰がここまでホラーがダメだとは、思ってもみなかった。…強いとも思っていなかったが。
暇なので、レンタルショップに行って映画でも見よう、という話になった。なったものの、二人そろって特に見たいものもなく、ただブラブラと店内を歩き回った。
その時、この映画が目に入ったのだ。昔、幽と一緒に見た、十年ほど前のホラー映画。懐かしいな、と手に取ったところで竜ヶ峰が言った。「静雄さん、それが見たいんですか?それにします?」と。
他に目ぼしいものもなかったので肯定の返事をすると、パッケージを見た竜ヶ峰が少し、いやかなり体を竦ませた。ホラーが苦手なのか、と突っ込む前に、竜ヶ峰は俺の手からDVDをかっさらい、無駄にキラキラしら笑顔を貼り付けたまま、それをレジへと運んだ。
何で、嫌なら嫌って言わないのか、不思議でならない。
物語も終盤になり、恐怖の演出はますますヒートアップする。それに合わせて、竜ヶ峰の顔も面白いくらいに引きつっている。俺の腕を掴む手が、また強くなった。
普段、竜ヶ峰は甘えるという行為をしない。俺はそうしてくれてもまったく構わないが、竜ヶ峰はどうやら俺に迷惑をかけてしまうと思っているようだ。それで墓穴掘ってたら、元も子もねえだろうに。
ホント、見てて飽きねえなあ、こいつ。
いつの間にか画面にはエンドロールが流れていた。長いような短いような、時間だった。時計を確認すれば、いつも竜ヶ峰が出て行く時間だ。「泊まってしまうと、静雄さんのお邪魔になってしまうから」と淋しそうな笑顔を見せて、帰る時間。
「竜ヶ峰」
「…は、はい」
「お前、大丈夫か?」
「な、何がですか?」
よっぽど堪えたらしい。まだ俺の腕を掴んでいることに気づいていない。
俺は竜ヶ峰の頭を少し乱暴に撫でた。
「し、静雄、さん?」
「…お前、さっきからどもってばっかだな。そんなに怖かったのか?」
「…僕、怖いなんて一言も言ってないですけど」
「態度に出てる」
「出てません!」
何でそんな頑ななんだ。意味がわかんねえ。
「泊まってけば?」
「…帰ります」
「帰れんのか、一人で」
「……帰ります」
「竜ヶ峰」
「……」
「帝人」
名前を呼んでやると、竜ヶ峰は何故か恨めしそうな顔をして俺を見上げた。何でそんなことを言うんだ、という顔。だってよ、こうやって追い詰めないと、お前はずっと俺を捕まえててくれないだろ?
竜ヶ峰は変な声を立てて唸っている。本当にどうしようもねえ奴だな、と思わず笑いながら、俺は竜ヶ峰に手を伸ばす。
初めから拒否権なんて、お前にはねえんだよ。
作品名:唱えたマキアベリズム 作家名:椎名