蓮子の君
「……おはよう」
「寝ぼけているな」
顔を洗ってくるといいと茶化すように言うと、不破は緩く首を振る。
「……蓮の、実を食って」
「へえ、珍味だ」
「子供を生む夢を見たんだ」
「……」
鉢屋は絶句する。後ろ髪の形を整えていた手も止まる。
「生むっていうか、育んだっていうか」
「いやいや待て、子供?」
「食った蓮がそのまま僕の中で開くんだ、それが僕の子供で」
こう、腹のあたりでと胸の前で軽い物を持つように不破は手を広げる。
「その蓮の中に知らない人がいるんだけれど、なぜか夢の中の僕にはそれがお前だって解るんだ。不思議だね」
「……それは、不思議だね」
「あれが本当にお前の素顔だったら凄いよねえ、おやどうしたんだ」
自分が泣いているのを気付かれた事に鉢屋は動揺して、急によそを向いてぱたぱた零れる涙を手拭いに染ませてしまう。寝起きに非現実的な話をしたせいでまだふやふやする頭で不破は勿体ないなあ涙、と思っていた。
「なんでもない、なんでもないよ」
「一緒に顔を洗いに行かなくてはねえ」
「すぐ直してしまうよ、涙の跡なんて」
それより私が泣いたなんてよそに言わないでくれよ、とそんな事ばかりを気にする鉢屋は、やはりあの夢の中の知らない顔と同じ人のように不破には思われるのだった。
おしまい