もう恋なんてしない
それ以来俺の頭ン中は、きっとずっと、どこかおかしい。
山をのぼるのは大変だけど、崖から落ちるのは一瞬だ。
「ごめんなさい、やっぱり私たち合わないと思うの」
ワックスつけて整えてきた髪の毛も、新しく降ろしたナイキのシューズも、ヴィンテージもののジーンズに、ライダース、昨日から下調べしてたデートコースも一瞬にして灰になった。というか、意味がなくなった。
ははは、もう笑うしかない。いったいどうしてくれよう、このやるせなさ。
「り、理由とか……訊いてもいいか?」
ここですっぱり、分かったよ、今までありがとな、楽しかったぜ。……とでも言ってやるのがスマートでクールな男のやり方だってのは分かっちゃいるんだけど、それでもじたばたしてしまう俺も大概諦めが悪い。
俺の目の前で俯いた彼女のさらりと揺れる栗色の髪に、もう彼女の心が俺から離れてしまったことなんて分かりきっているのに。
それでもまだ心のどこかで期待しそうになってしまうから、そんな自分に嫌気がさした。ほとほと。
ご都合主義な俺の心は彼女が悪戯っぽく笑って、
なんてね、政春びっくりした?勿論ウソに決まってるじゃない!
んな台詞を続けてくれるのを、今か今かと待っている。
そんな奇跡みたいなことが起こるわけないって、ちゃんと頭じゃ分かってるのに!
付き合いだしたのは五か月前、相手は箱入りのお嬢様。なんたって華の女子校だ!
そりゃあもう涙ぐましい努力を重ねながら懸命に口説いて口説いて口説き落としてようやく手に入れた彼氏のポジションに、俺が浮かれてたかって?
そりゃもう空も飛べるんじゃないかってくらいに浮かれてたさ、うるさいな、ほっといてくれよ!
全貧連(全日本貧乏学生総連合)組合っていうか、むしろその創始者、の俺が、そこそこ無理しながらもハイソな彼女相手に頑張ってたのは、一重に彼女の喜ぶ顔が見たいからだ。
だって、花みたいに笑うんだぜこのコ!
MARCHと女子校幾つかの呑みで顔を合わせたのが最初。
おずおず手にしたアサヒの生中、最初の一杯でぽっと頬を赤く染めた彼女の可愛さにぐらり。
そこからケー番とメアドを交換して、何度か外に遊びにいったりだとか。ときどき覗く彼女の笑顔にドキドキして、たまらなくなって、浮き足立って世界がバラ色になって、とうとう俺は観念した。
恋だ。
これは恋だ!
ディス・イズ・ラーブ!!
あー……まぁそこから腹括って俺は恋に生きるぜ!ってな具合で見事に彼女を押し切りゴールインしたわけだけれども。
俺をちらりと上目遣いで覗いた彼女(こんな仕草もカワイイんだからたまらない!)が、おずおずと小さな桜色のくちびるを開く。
「だって政春くん、あたしと居るときいっつも無理してるんだもん……」
なんてこった神様!
「……おいそこの蛆虫、ヘコむのもいいけど道路のど真ん中はやめろ、つーかみんな見てる」
腕をぐいと掴まれて、むりやり体のめり込んだアスファルト(いっそ同化してみたい)から引き上げられる。
誰だこれ、ムサくてガリでなまっちろい男の腕だなちくしょーって、明良かそうかこのやろう。
「はは……蛆虫か……いいさ何とでも言えよ、今の俺にはお似合いさ……」
「お前この前もその前もそのまた前も同じこと言ってただろ!!いい加減学習しろよ!!」
般若の形相で怒鳴り散らしながら俺を引きずりながら歩く明良(おいおいブロークンハートなんだからもう少し気遣ってくれ!)は、この前もその前もそのまた前も、確かに俺の回収係だった。おおかた中央大学、谷中理央あたりが毎回救援信号でも出しているんだろう。
確かにそこそこ上背のある俺を引きずっていくなら同程度のガタイは欲しいわけだし、そこで一番頼みやすいのが普段はあれだが明良っていうのも頷けるっちゃ頷ける。なんたってCHARM、この俺の永遠のライバルだしな!
「ったく……政春が恋愛体質なのは今さらだけど、毎回毎回似たような理由でフラれた挙げ句、毎度毎度この世の終わりみたいな落ち込み方すんのやめろよ。死にゃあしないんだから!」
「心が死にそう」
「あぁもう一々煩いなぁ、すこし黙れよ!」
「だって明良」
好きなコの前だったら、格好つけたいって思うだろ。
なのにそれをさ、無理してるんじゃとか言われちゃったら俺、どうすりゃいいんだよ。
往年のライバル相手に俺はなにを愚痴っているんだ、と思わないでもなかったが、もうここまで情けない姿を見られているんだから今さら恥の一つや二つ、上塗りしたって関係ないような気がした。
俺の疑問に困ったように眉を寄せた明良は、それから大きくため息を吐く。
「俺が知るかよ。カッコつけてるってバレないようになるまで男を磨くか、逆にとことんダメなトコまでさらけ出すか、じゃないの。
まぁ俺とお前はこんなだしね、ぐだぐだうだうだしてる政春見れば、ある意味安心もするかもしれないけど。
……いつもの、空回ってもバカみたいに一生懸命なお前のが、まだマシだと思うよ、俺はね」
そう言って、明良は不器用に笑った。
なにかを堪えるみたいな歪な笑顔で、それでも懸命に笑った。
飴色の髪がきらきら日の光に揺れて、まぶしくて、まぶしくて。
その瞬間俺の心臓がウソみたいに早鐘を打ち始める。機関銃も真っ青の暴発具合だ。
天からすげぇ勢いで流れ星がきらきら、虹色の洪水まき散らしながら俺の頭に突っ込んだ。
それは天啓みたいな、稲妻みたいな、正直いって運命みたいなトキメキ!
掴まれたままの腕の体温、明良のフレグランス、襟足から覗く白い項も、とにかく全身の温度をあげて、喉から心臓、飛び出すんじゃねぇの、とか、
「なぁ明良、」
「なに」
「今からさー、遊園地行かね?今日行く予定だったんだけど、フラれたから、失恋記念」
支離滅裂な俺の提案に、明良は男2人で遊園地かよ、マジきめぇ!とげらげら笑いながら、それでも、いいよ、と了承してくれた。
さっきからぐずぐずだった鼻水と涙を拭いとり、俺は明良の言う法崎政春を取り戻すために顔を上げる。
「おぉし今日はとことん遊ぶぞ!」
「はは、メシは政春の奢りだからな!」
「はぁ!?」
あぁもうその笑顔ごと抱きしめてしまいたいよベイビー!