fashion!
思わず喉もとまで迫りあがったあくびを苦心してかみ殺しつつ、東京大学、東国宏は、先ほどからもう軽く小一時間モノの少ないクローゼットの前で行ったり来たりを繰り返している早稲田大学こと稲田早太に視線を投げた。
こちらを見向きもせず眉間にしわを寄せている早太の横顔は酷く真剣で、普段はきらきらと邪気のない光を湛えている鳶色の双眸が、今はきつくすがめられて鋭い。
レーザーのようなまなざしは、目の前のファーがついたオフホワイトのダウンとブラックレザーのライダースの間をシャトルラン並に激しく往復していた。
いつものジャージではなく(なぜか彼の普段着は、スクールカラーである臙脂のジャージだ)、わざわざ前回の早太の誕生日にMARCHやら旧帝大の連中やらからプレゼントされたそれらを引きずり出してきたのは、なんでも明日、慶応大学、福沢慶介と麻布辺りまで出かける用事があるからだとかなんとか。
アウター一つに延々と頭を悩ませ続ける早太を退屈半分、微笑ましい思い半分、で見守りながら、国宏は僅かに重くなった左胸をぎゅっと抑える。灰無地のタートルネックにシワが寄って、鈍い痛みは消えることをしない。
「この季節黒だと周りに埋もれ……でもトップスこれだとライダースのが合うかな?っつかあいつどんな格好してくんだろ……」
すこしだけ。本当にすこしだけ。
国宏は早太が羨ましい。
威勢のいい態度や言葉に隠されてはいるけれど、いつだって早太は全身で、慶介を好きだと叫んでいる。
そんな風に躊躇いなく抱かれる思いを、大切にされる想いを、国宏は早太と慶介の間にしか見たことがない。
「なぁ国宏も考えてよ、どっちがいいと思う?」
「ぇ……あ、どっちでも……」
「ハァ!?」
しまった、どっちでも、じゃなくて、どっちも、だった。
こんな風にぼんやりしているといけない。特にあの榛色のひとみの主のことを思い浮かべていたりなんかすると。
みるみるうちに早太の表情が分かりやすく歪められて、そんな風に早太のきもちを痛めてしまったのが自分のせいだと思うと国宏は泣き出したくなってしまう。
「うわ、最近都に会ってないからって国宏それはなくね!?」
「っ、京坂は関係ないだろ」
「どーぉだか」
そうかと思えばにやにやしたえげつない笑顔(その顔はあんまり慶介の前でしない方がいいと思うよ、早太)で責めたててくるんだから本当にたちが悪い。
慶介に似てきたんじゃないの、とでも言ってやろうか。夫婦は嗜好、性格、それから顔、が統計学的にも似ることが証明されている。細菌が移るのだ、確か。
口にしようかしまいか迷い、結局国宏その言葉たちを呑みこんだ。早太が困ったように眉を寄せて、国宏の頭をぽんぽんと宥めるように叩く。
「もっともっと考えればいいのに、都のこと」
自分より随分と年若いはずのこの友人は、ときに何もかもを見通すような透徹した視線を投げてよこすのだ。こんなときの彼は、自分よりよほど達観してみえる。
そのまなざしに脳髄の奥までをも焼かれてしまいそうで、気圧された国宏は僅かに一歩、歩を下げた。
「名前を呼べなくても、会いに行けなくても、手を伸ばせなくても、応えてやれなくても。
都は分かってくれるから、あいつ頭いいんだからそれくらい分かるから、もっと考えてやれよ」
逃げることは許さない、とばかりに国宏の手首を捉えた早太は、そのくせ自分が責められているかのように大ぶりの鳶色を揺らしてみせる。まるで今すぐにでも泣き出してしまいそうな顔で。
まっすぐに向けられる熱に、早太に惹かれた慶介の気持ちがわかったような気がした。
こんな風に慶介は恋に落ちたんだろうか。こんな風に、早太は慶介を想っているのだろうか。
自分が本当はつよくつよく――なにものにも変えがたい祈りのようなこころでもって、京坂を、都をこいねがうように。
或いは都も自分を、希んでくれるのだろうか。
「……稲田、どうせならこっちのオフホワイトにしなよ」
そっちの方、前に福沢が可愛いって言ってたから。
そう付け足してやると、みるみるうちに早太の顔が真っ赤になって、思わず国宏は笑いだしてしまう。
「べ、別にあいつのためにめかしこんでるわけじゃないんだからな!」
「稲田、そういうの、ツンデレって言うんだよ。この前法崎が」
「はぁ!?ったくあいつ、マジでろくなこと教えないな!!今度シメる絶対シメる!!」
お洒落をして、冬の街を歩いて、幸せそうに笑う君はきっと素敵。