砂を掴む
憧れの海。若者の海、ロックバンドの目指す場所、それがショウナンだ。
目の前に広がる海はリュウキュウの海より綺麗ではないのに、それでもユゥジが焦がれてならない海だった。
その海を、アキラと並んで見ている。
夏の照りつけるような暑さも日が落ちれば幾分か涼しさを増す。
リュウキュウより気温の低いこの地で彼女の小さな肩は震えてはいないだろうか。
ふと気になってユゥジはそっと隣の存在に目を遣った。
しかしアキラの背筋はぴんと伸びていて、潮風がさらさらと柔らかな髪を揺らすのを何をするでもなく受け止めている。
その大きな目はじっと海面を眺めていた。
「…寒くないか?」
「え?ううん、大丈夫。ユゥジくんこそ寒くない?リュウキュウと比べたらちょっと涼しいよね」
ふわ、とユゥジの方に顔を向けたアキラの髪が広がる。
細い糸のような髪が頬に掛かるのを見ていると妙に心がざわめく気がした。
「ユゥジくん?」
思わず見蕩れていたことに気づき、ユゥジは誤魔化すために曖昧に笑った。
まだ出会ってそれほど経っていないというのにどうしてだかアキラに惹かれている自分がいる。
放っておけないという長男気質ゆえか、それともただ単にアキラという人間がユゥジの何かに響いているのか、それはまだ分からない。
この先きっと、アキラはユゥジにとって大事な人になるだろうという予感だけがあった。
「悪い。綺麗だったから、ついぼーっとしちまったぜ」
「あら、それは海のこと?私のこと?」
アキラのからかうような口調が好きだ。
ユゥジは首筋に手を当てながら口角を上げる。
駆け引きは嫌いじゃない。
年下の女性に翻弄されるのもまた一興だ。
「そりゃあもちろんおまえのことだな」
首を撫でるようにして手を下ろし、そのままアキラの頬へと伸ばす。
頬に掛かる髪は唇の端に張り付いていて、普段はまだ少女のようにあどけない姿のアキラを艶かしく見せていた。
小指に引っ掛けるようにして髪を払う。
触れたアキラの頬は見た目どおり柔らかく、風を浴びているせいか思ったよりひんやりとしていた。
ただ、触れたところから少しずつ赤味が増していく。
可愛いな、とユゥジは笑った。
「お世辞が上手なんだから」
「ホントだよ。言っただろ、昼間も。すぐに抱き寄せてやりたいくらいだって」
「はいはい。その手には乗らないわよ」
軽くいなそうとするアキラの小さな肩を左手で抱き寄せる。
倒れ込むように肩にもたれかかったアキラは、昼間おぶったときと同じく軽すぎるほどだ。
「ユ、ユゥジくん!?」
「嘘じゃないだろ?こうして抱き寄せたかったんだぜ」
「あ、あのっ…」
「いいから。少しこのままでいてくれよ。どうせ周りはカップルだらけなんだ。俺らだけ離れてる方が不自然だしな」
「…皆に見られても知らないよ。きっとヒロくんあたりにスケベ呼ばわりされちゃうんだから」
「やれやれ、そりゃあ困るな」
ことり、とアキラの頭がユゥジの肩に沿った。
それを了承と取り、ユゥジは左手でアキラの肩を一層抱き寄せる。
この手が守れるものは思っていたより少ないに違いない。
それでも家族と仲間とアキラくらいは守り抜こうと、そんなことを思った。
触れ合う身体からは夏の暑さにも勝るとも劣らぬ暖かな体温が伝わってくる。
言葉もないまま、波の彼方へと夕日がゆっくりと沈んでいった。