平和島静雄の憂鬱(もしくは受難)
平和島静雄はその日、きっと池袋で一番不幸だっただろう。
きっとではなく、静雄的には絶対。何が何でも。というかもう世界一不幸せかもしれない、と憂鬱な気持ちで思った。
不機嫌な訳ではなく、本当に、なんと言うかもう、憂鬱なのだ。
ああ、死にたいなんていう憂鬱さではない。
ああ、ここから消えたい、という憂鬱さだ。
この二つの違いは絶対であり、不変である。
ああ、というか。
「いやいや本当今日はシズちゃんと喧嘩しにきたんじゃないんだよなんていうか相談?いやいや意見は求めてないからただ話を聞かせたいだけかな、だから聞くべきだよねだって俺は今日今この時点においてシズちゃんに喧嘩を売ってないんだから、喧嘩とか争いとかつまり平和が好きなんて自称するシズちゃんがわざわざ平和的話し合い、あ、俺の一方的なやつねここ重要、そう、そんな話し合いをわざわざ喧嘩に発展させるなんていう前言を撤回するような事はしないよね!」
この蚤蟲が消えてくれないかな。
馬鹿となんとかは高いところが好き、とよく言うが、本日出会った蚤蟲は何故か自販機の上にしゃがんでこちらを見下ろしていた。
静雄は吸っていた煙草を握りつぶしながら少し遠い目をする。
基本的に蚤蟲の話は聞かない主義だったが(何故なら無駄だ)、今週は既に結構な公共物を破壊してトムの胃を傷めていたので、自重した。
我慢だ我慢、ああ消えてくれねぇかなこの蚤蟲。
「ちなみにわざわざ自販機の上に乗ってるのは別に見下ろされるのが嫌とか身長少し分けろとかそういうのじゃないからね!距離取ってるだけだから!だからその可哀想なものを見る目やめて俺馬鹿でも煙でもないからね!」
馬鹿だろ。
静雄は思ったが言わなかった。
別にわざわざ言うまでもない真実だからである。
あと反論すると、というか今口を開くと、蚤蟲の乗る自販機を蹴飛ばす自信があった。
それは確かに平和主義としていけない、むしろトムの為にいけない。
我慢だ我慢、ああ本当消えてくれねぇかなこの蚤蟲。
「まあそれはそれとして、大変なんだよ俺病気かもしれない。とある人物を見ると動機息切れ発汗その上心臓が痛くなるんだ、しかもこの!人間全て、あ、シズちゃんは除外だけど、そう人間全てを愛している俺が!さまざまな感情から来る行動とかぶっちゃけ幸せから不幸に突き落とされた時の顔とか大好きなこの俺が!何故かその人物に対してだけ幸せになって欲しいというか幸せにしたいというか、あ、今俺以外の人間が幸せにするの想像したら相手に殺意沸いたんだけど、とにかく笑ってて欲しいんだよね泣いた顔とか絶対可愛いと自信を持って言えるんだけど、ていうか今思い出したら俺に笑いかけてくれた事って無い気がするんだけどいやいや別に嫌われてるとかじゃなくて、いや何その哀れむ顔やめて俺かわいそくない!ああもうすぐ脱線するんだからやめてよね!とにかく、なんていうかその人物だけこう輝いて見えるっていうかあれ天使だよねとか思っちゃうんだけど、これって何かな、やっぱり病気?」
つらつらウザイくらい(というかウザイ、常に)言葉を繋げていた口が、ようやく閉じる。
お前意見は求めないとか言ってなかったか、というのは置いておいて。
とりあえず。
「その相手って、誰だ。」
その池袋…いや世界一不幸な人物は誰か問い詰めて、この蚤蟲から守ってやらなきゃならない、と決意した。
end
作品名:平和島静雄の憂鬱(もしくは受難) 作家名:ぎとぎとチキン