狙われる子供
だからこの現状を如何しようと思うわけでも、はたまた命をそう簡単に諦めようとしているわけでもない尾浜は、どう動けば当たり障りなくやり過ごせるのだろうかということしか考えていなかったのだ。
「君は随分と思慮深そうだね」
「一応忍者のたまごですからね」
「そう言う割に好戦的でないのは見る目があるのか…若しくは諦めているのか」
「…どちらとも当たりで、外れです」
「おや」
今まさに対峙しているのはタソガレドキの組頭、風貌も不気味だが何を考えているのかも分からない男である。ただ、組頭というだけあって観察力も素晴らしいし一瞬の隙すら与えてくれない。尾浜はどうしたものかと内心ため息を吐いてはのらりくらりと会話を楽しむ男に調子を崩されまいと一層気を張るのだった。
別に戦っているわけではない。尾浜は単に使いの帰りしななだけなのだが、偶然にも任務中のタソガレドキ忍者に出会ってしまった。そしてこの男は一人の部下を携えて付いてくる。それが尾浜にとっての不運であり、なんとも居たたまれないこの空気の元凶であった。
「また善法寺先輩に?」
「いやぁ、あの保健室は居心地がいいからね」
「不法侵入ですよ」
「だから尊奈門…あぁ、あの男ね…が付いてくるんだよ」
「私が組頭の分まで入門表を書くんだ」
「はあ…でもあなた達敵でしょうに」
「もう定時過ぎてるから今は一人の人間」
「…」
大人とはみんな言い訳に言い訳を被せて生きているんだと体現された気分だった。
なんとなくどっと疲れたような気になっている内に学園が見えてきて尾浜は心なしか足を速める。ふと横を見れば並んで歩いていた男達が消えていて、驚きつつもどこかほっとしたのだった。
「小松田さーん、お使いから帰ったんですが」
「あ、尾浜くんおかえりー」
「小松田さん入門表見せてもらえます?」
「え?いいけど、君はお使いだから書く必要ないよ?」
「いえ、ちょっと確認したくて」
渡された入門表に並ぶ先程の男達の名前。
不気味というより不可思議な男の名前をなぞると尾浜は小松田にそれを返して長屋へと向かった。
「会ったことより気に入られる方がきっと不運だ」
「もう遅いな。私は君を気に入ってしまったよ」
「っ!」
不意に聞こえた言葉に振り返っても誰もいる気配はしなかった。
ちりちりと騒ぐ胸の内が自分でも分からずに尾浜は辺りを見回しながら長屋へ向かう足を再び動かす。
壊したら作ればいい。そして作ったら壊すのだ。だから何もかも諦めという逃げ口を作ってはそれだけは壊さないようにしていた。
その根底に根付く考えを、あの男が変えてしまいそうで。尾浜はただ背筋に走る恐怖を散らすように級友の元へ急いだ。
了