酔ってるよね?
「……おう」
見慣れた事務所の中、見慣れない――いや、見慣れてはいるが、ここにはおそらく一番似つかわしくない人物――つまりシズちゃん――と並んでソファに座り、二人でお酒を呑んでいた。
「ってかさぁ、なんでシズちゃんは殴りかかってこないのかな」
確かに、アルコールの匂いをさせながらシズちゃんが訪ねて来たとき、事務所をめちゃくちゃにされるくらいならと自分から招き入れた。
……まさか本当に大人しく入ってくるとは思わなかったけど。
少し考えるようにシズちゃんの視線が空中を泳いだ。
「……酔ってるからだろ」
「そっか」
相槌を打って自分のグラスに口をつける。
「てめぇこそなんで切りかかってこないんだ?高そうな酒まで出してきやがって」
「んー……酔ってるからじゃないかな」
きっとシズちゃんはこれが矛盾を孕んだ答えだと分かっている。
確かに『今は』アルコールを摂取した後だが、シズちゃんが訪ねて来た時、俺は完全に素面だった。
何故その段階で切りかからなかったかと問われれば、事務所が荒らされそうだったとかそれなりの理由はつけられるが、あえて言うなら、それは気まぐれと期待。
俺はちゃんと気づいている。
少しくらい多めにお酒を呑んだところで、シズちゃんの体質なら普段と行動が変わるほど酔うことはない。
呑んでも酔わないシズちゃん。
酒は呑んでものまれない俺。
『酔った』という言葉は、普段は決してとらない行動への免罪符足りうる。
今夜何が起きたとしても、『酔って』いた俺達は全部『忘れ』て、明日からはまたいつも通りだ。
「…………なあ、臨也」
いつもより低い声で名前を呼ばれて、背中がぞくりと震えた。
作品名:酔ってるよね? 作家名:さるたときを@けむ改名